遺物の保管庫と針が示す先 5

 福城ふくしろ教会区内の一角に、かく牡丹ぼたんの木々に囲まれたひとつの塔が在る。

 「塔」とは言え、高さはヒトの背丈三人ぶんほどしかなく、横幅も大人が腕をいっぱいに拡げれば収まる程度。この施設は、執務や居住に使われるのでなく、儀礼用に設けられているのだ。正式な名を「餞炉せんろ」と言う。

 夜も更けきった今、この餞炉の前にふたりの男が立っていた。


「よし、そろそろ火勢もいいだろう」


 壮年の上役うわやくに言われ、若年の教会員は、かざしていた平手を収める。

 餞炉の前部、ぽっかりと開いたき口の奥では、赤々と火が照っていた。


「早いところ送ってやらないと、次の旅路で困るかもしれないからな」

「革新が進む真っ最中のこの時代に、古い因習だと僕は思いますよ……」

に影響を受けたんだかなんだか知らないが、つべこべ言うんじゃない。お前も祭儀さいぎしゅなら、死者への畏敬いけいを心がけねばならんぞ。時代がどう変わろうが、ヒトの世が続くかぎり、失くしたらいけないものだ」


 「祭儀手」とは、季節ごとの祭事やともがらの婚礼、葬儀などに関わる、魔名教会の勤仕職である。

 夜更けの入り口の今、彼らがしているのは、「旅のはなむけ」の準備――生前の持ち物や衣服を燃やし、埋葬時に一緒に埋めてやるため、灰にする作業である。これには、これから魂の旅に出る死者に使い慣れたものを持たせてやる意味があり、現在の魔名教会が奨励する、正式な埋葬手順のひとつであった。


「しかし、教会区のなかでこんな物騒なことになるなんて……」


 身を屈め、自らも火の勢いを確認したあと、若年の祭儀手は、つぶやくように言った。


「せっかく本部勤めに志願したのに、与えられたのは閑職の部門。学館上がりじゃないと出世も見込めないって言いますけど、それでもまぁ、安泰ならいいかと思ってたのに、賊に入られ、ヒトが殺されるだなんて、話が違いますよ」

「お前……。そういうの、上役の俺や、神聖な餞炉の前でよく言えるな……」

「神聖さなんて、何の護りにもならないと思いませんか? 噂では、天災か人災か、どこかの町が壊滅したとも言いますよ? それこそ、『夜見山やみやま炎上えんじょう』みたいに」

「正典の神話と取るに足らない噂とを一緒にするな。ほら、夜ももう遅い。いい加減、餞を作ってやるぞ」


 たしなめられた祭儀手の男が、背後にあった三つの竹編み箱のひとつへ手を伸ばしたときである――。


『燃やすな!』


 怒鳴りつけるような声が響いてきて、祭儀手のふたりは、ビクリと身を強張らせた。

 おそるおそる辺りを見回すも、周囲には人影どころか虫の気配さえない。


「今の、誰が言ってきたのでしょうか……」

「お前も聞こえたのか。ってことは、空耳じゃなかったってわけか」

「まさか、迷いたまなんてことは……」


 顔を見合わせたふたりに、またもや、『燃やさずにおきなさい』との声。


『今からそちらに行くから、そのままで待っていなさい!』


 まもなく、牡丹ぼたんの木々の向こうがガサガサと鳴りだすと、そこから、ひとりの少女が飛び出してきた。


「う、の……」

「守衛手司様だ……」


 現れたのは、だいだい髪の守衛手司、ロ・ニクラ。

 波導はどうの魔名術でふたりに語りかけつつ、駆けてきたのだろうか。息急き切った様子で、服や膝がしらを汚した姿であった。


保安ほあん手ベリルの餞は、どれ?」


 駆け寄ってきたニクラは、足元にあるつづら箱を眺め渡しつつ、問い質す。


「所用が生じたから、保安手ベリルの衣服を接収するわ! どれ?!」

「え? えっと……」

血糊ちのりがついた服よ! まごつかないで!」


 たじろぐ祭儀手が持ち上げた箱を、ニクラは、さらうようにして受け取る。

 あまりの性急さに唖然とする祭儀手らを尻目に、彼女はきびすを返し、駆け出そうとするも、つと動きを止め、振り返ってきた。


「そこの君」


 ニクラは、年若い祭儀手を、その大きな瞳で睨みつけるようにする。


「全部、よ。ずいぶんといい態度してるね」


 相手は、特務部の花形、守衛手の長。ここ数か月のあいだに一挙に教主の側近へと昇りつめた女傑。そして、彼自身知らず、憧憬どうけいの感情を向ける女性。

 祭儀手の男は、自然と背を伸ばした直立の姿勢となった。


「私が言えたモノじゃないけど、やるべきことをやりなよ。客人まろうど様からのありがたい御神託とでも思って、ね」

「は……? え?」

「不満をたれるのも結構だけど、勤仕をまっとうしろって言ってるのよ。すべては、その前提があって効を持つ。そのうえでまだ、出世やら噂やらに振り回され、幻想にすぎない安泰を望むなら、君は、この時代の魔名教会には向いてない。別のみちを探すべきだよ」


 「今回は、君の減らず口が長かったおかげで助かったけどね」と微笑すると、ニクラは来た方角へ駆け出していき、姿を消してしまった。

 祭儀手たちの緊張が解けたのも、それから少し経ってからである。


「なんだったんだ? あの弁論家さんは……。段だかなんだか知らないが、おっかねえ剣幕だったな……」

「僕、少し、反省します……」


 ふたりが安堵の息を吐いたところ――。


『残りの箱もそのままにしておくように!』


 ふたたび聞こえた怒声に、またもビクつかされる。


『あなたたちは、火を消して下がってよし! 引き続きの作業は、明日に回しなさい。これは、教主フクシロからのめいよ!』

「は、はい!」


 祭儀手のふたりは、姿の見えない守衛手司に対し、思わず、大きな声で答えていた。

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