遺物の保管庫と針が示す先 5
「塔」とは言え、高さはヒトの背丈三人ぶんほどしかなく、横幅も大人が腕をいっぱいに拡げれば収まる程度。この施設は、執務や居住に使われるのでなく、儀礼用に設けられているのだ。正式な名を「
夜も更けきった今、この餞炉の前にふたりの男が立っていた。
「よし、そろそろ火勢もいいだろう」
壮年の
餞炉の前部、ぽっかりと開いた
「早いところ送ってやらないと、次の旅路で困るかもしれないからな」
「革新が進む真っ最中のこの時代に、古い因習だと僕は思いますよ……」
「弁論家に影響を受けたんだかなんだか知らないが、つべこべ言うんじゃない。お前も
「祭儀手」とは、季節ごとの祭事や
夜更けの入り口の今、彼らがしているのは、「旅の
「しかし、教会区のなかでこんな物騒なことになるなんて……」
身を屈め、自らも火の勢いを確認したあと、若年の祭儀手は、つぶやくように言った。
「せっかく本部勤めに志願したのに、与えられたのは閑職の部門。学館上がりじゃないと出世も見込めないって言いますけど、それでもまぁ、安泰ならいいかと思ってたのに、賊に入られ、ヒトが殺されるだなんて、話が違いますよ」
「お前……。そういうの、上役の俺や、神聖な餞炉の前でよく言えるな……」
「神聖さなんて、何の護りにもならないと思いませんか? 噂では、天災か人災か、どこかの町が壊滅したとも言いますよ? それこそ、『
「正典の神話と取るに足らない噂とを一緒にするな。ほら、夜ももう遅い。いい加減、餞を作ってやるぞ」
たしなめられた祭儀手の男が、背後にあった三つの竹編み箱のひとつへ手を伸ばしたときである――。
『燃やすな!』
怒鳴りつけるような声が響いてきて、祭儀手のふたりは、ビクリと身を強張らせた。
おそるおそる辺りを見回すも、周囲には人影どころか虫の気配さえない。
「今の、誰が言ってきたのでしょうか……」
「お前も聞こえたのか。ってことは、空耳じゃなかったってわけか」
「まさか、迷い
顔を見合わせたふたりに、またもや、『燃やさずにおきなさい』との声。
『今からそちらに行くから、そのままで待っていなさい!』
まもなく、
「う、弁論家の……」
「守衛手司様だ……」
現れたのは、
「
駆け寄ってきたニクラは、足元にあるつづら箱を眺め渡しつつ、問い質す。
「所用が生じたから、保安手ベリルの衣服を接収するわ! どれ?!」
「え? えっと……」
「
たじろぐ祭儀手が持ち上げた箱を、ニクラは、
あまりの性急さに唖然とする祭儀手らを尻目に、彼女は
「そこの君」
ニクラは、年若い祭儀手を、その大きな瞳で睨みつけるようにする。
「全部、聴いてたよ。ずいぶんといい態度してるね」
相手は、特務部の花形、守衛手の長。ここ数か月のあいだに一挙に教主の側近へと昇りつめた女傑。そして、彼自身知らず、
祭儀手の男は、自然と背を伸ばした直立の姿勢となった。
「私が言えたモノじゃないけど、やるべきことをやりなよ。
「は……? え?」
「不満をたれるのも結構だけど、勤仕をまっとうしろって言ってるのよ。すべては、その前提があって効を持つ。そのうえでまだ、出世やら噂やらに振り回され、幻想にすぎない安泰を望むなら、君は、この時代の魔名教会には向いてない。別の
「今回は、君の減らず口が長かったおかげで助かったけどね」と微笑すると、ニクラは来た方角へ駆け出していき、姿を消してしまった。
祭儀手たちの緊張が解けたのも、それから少し経ってからである。
「なんだったんだ? あの弁論家さんは……。
「僕、少し、反省します……」
ふたりが安堵の息を吐いたところ――。
『残りの箱もそのままにしておくように!』
ふたたび聞こえた怒声に、またもビクつかされる。
『あなたたちは、火を消して下がってよし! 引き続きの作業は、明日に回しなさい。これは、教主フクシロからの
「は、はい!」
祭儀手のふたりは、姿の見えない守衛手司に対し、思わず、大きな声で答えていた。
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