遺物の保管庫と針が示す先 6
中央にはみっつの棺桶が臨時に置かれており、そのすぐそばにクミとフクシロ、
「持ってきたわよ! ベリルの服!」
そこに、ニクラがつづら箱を抱えてやってくる。
姉から
「鍵を持って『分つ環ください』って言っても、守衛手のヒトたち、怖かったのん。合言葉言うまで、ずっと槍を向けられたのん。そのあとも、ずっと変な目で見てきたのんし……」
「もう守衛手の汚名は重ねてられないからね。大師だろうと顔を見知った相手だろうと、ふたりひと組になっての行動と最大警戒は厳守させてるよ」
「リィがこんな寒いのに生足出しまくりな格好のせいもあるんじゃないかな……。まぁ、ともかく、ふたりともありがとね。泥棒の返り血、残ってるといいんだけど」
四半刻ほど前まで、遺物の保管庫にて賊の流血跡を探索していた一行。だがやはり、先になされた清掃のために洗い流されてしまったのだろう、見つけることができずにいた。
またも徒労の感が色濃くなるなか、「ベリルの得物や服に敵の血がついているかも」と気付いたのがロ・ニクリ大師。
保安手司によると、得物である槍の洗浄も指示しており、血痕は得られないはずとのことだったが、衣服については、「
それを受け、一行は、この「臨時の遺体安置所」に場所を移し、返り血がついているやもしれない衣服の確保、そして、「賊の血」とそれ以外とを明確に選別するのに使うため、「分つ環」を取りに走ったのである。
「それでは、試みてみましょう」
そう言ったフクシロは、おもむろにひとつの棺桶に歩み寄っていく。他の者も続き、
当然だが、なかには死体がある。彼こそが盗賊と応戦した「保安手ベリル」なのだった。
フクシロの肩上でクミが一見したところ、遺体は、思っていたよりも綺麗だった。胸を刺し貫いたらしき傷以外に目立った外傷はなく、死相は、まるで寝ているかのように穏やか。せいぜいが二十の半ば頃と思われる、働き盛りの
そうやってクミが棺桶内に目を落としていた一方、ニクラやニクリ、保安手らは目を遣らず、顔を背けている。
これは、「見るのを
しかし、クミのほかにもうひとり、死者の顔をじっと見据える者がいた。
教主フクシロである。
「死してなお、
「分つ環」の通過条件に人物を据える場合、「限定する相手の面相」を知っていなければならない。加えて、「分つ環」は、主塔への進入を警戒する性質上、原則として、教主以外の使用は認められていない。今回は、「衣服、血、その他一切、ベリルの物だけ通過を許可する」と念じてフクシロが使用する段取りにしてあり、彼女がベリルの人相を確認するため、棺桶が開けられたのである。
だが、顔を見るだけであれば充分な時が経っても、フクシロは死者を見ることをやめようとせず、やがて、その瞳から、ひと粒の涙を零すのだった。
「申し訳ありませんでした」
教主フクシロは、落涙しつつも
「最初に
フクシロは、もうひとつ「申し訳ありません」と言い、頭を下げる。
「ですが、ベリルさん。
消え入った言葉のあとの静けさは、長かった。
ようやくに顔を上げたフクシロから目顔を送られ、皆は、開けたときよりもゆっくり、厳かに、死者の棺桶に蓋していく。
「ス・ベリル様、ツ・コルトカ様、ミ・アサテ様……。三人の
休憩所の外ではゆるやかに風が吹き、木々の葉がさわさわと鳴った。
それは、まるで、フクシロの祈りの言葉に死者たちが返事をくれたかのよう、クミには聴こえたのだった。
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