遺物の保管庫と針が示す先 7

「勇士ベリルが遺した一切のみ、通過を許可します」


 「わか」を水平に持ち、通過の条件を述べ上げるフクシロ。彼女から目線を送られたニクラは、頷いて返すと、両手に持った白衣をその輪のなかへ落とし込む。

 服はもちろん、保安手ベリルが今際いまわに身に着けていた遺品である。一同が見守るなか、赤黒い血の染みが目立つすみ覆衣ふくいは、「分つ環」の性質に従って輪を通りぬけると、パサリと音を鳴らして床に落ちた。

 これで、が済んだわけである。


(お願い……。返り血、残ってて!)


 セレノアスール、ヨツホ、そして、目の前で棺に眠る者たち――。

 たった数日のあいだに使役しえき大師らの凶行きょうこうと、もたらされた被害とをいくつも見てきたクミは、事態を解決したいと強く願う。

 当然、皆も同じ気持ちであろう。場の視線は、輪の境界面、衣服が通り抜けていった箇所に集められた――。


「あ、あったのん!」


 はじめに歓声を上げたのは、ロ・ニクリ。彼女の平手が薄く光っているから、波導はどう術を使ったのだろう。細やかに見てとることができたらしい。

 フクシロの肩の上、ネコも目をらせば、服に付いていたらしきほこりやチリが、浮かぶように残る光景のなか、のようなものを見つけることができた。


「よぉ~し! フクシロ様、もう少し、そのままでお願いします!」


 「分つ環」の境界面にぴょんと降り立ったクミは、まるで、空中を散歩するように歩んでいく。そうして間近まで来てみると、は、どうやら目的のモノで間違いない様子。決して多くない量だが、賊徒の返り血は、確かに残されていたのだ。


「ラァ。この『指針釦ししんのこう』に、その赤いのを集めて入れてちょうだい。私はほら、ネコの手だから掴めやしないの」

「できるだけ埃やらゴミやらは選り分けて入れればいいのね?」

「うん」

「こんなにカラカラ、パラパラな状態でもいいの?」

「たぶんダイジョブ。駄目だったら、入れたあと、ナ行の魔名術を使ってもらって、液体に戻せばいいわ」


 クミから「指針釦」を受け取ったニクラは、をひとつまみすると、遺物のふたを閉じる。


「これで、ログちんやキョライさんが見つけられるのん!」


 賊徒に繋がる手がかりをいよいよ得られたと意気上がり、「指針釦」の盤面のうえ、顔を寄せ合う一同であった――が。


「なに、コレ……?」


 遺物は、彼女たちの期待に応えてはくれなかった。

 青く発光する盤面のなか、針は、のだ。


「ちょっと、ラァ。しっかり持ってる? 手、震えてない?」

「震えてないよ。ちゃんと持ってる」

「だとしたら、コレって……どういうこと?」

明良あきらちんが『去来きょらい何処いずこか』にいたってときと、似たカンジだのんね……」


 そこで、クミは、「あ」と気が付いた。

 「発光色は変化するものの、針が回転する」状態は、対象が「何処か」にいることを示す。明良の探索行や「烽火」の一連を経て、新しく発見された「指針釦」の性質である。方角を正確に知ることはできないが、物理的に術者に近づけば、発光の色味が変化していく。明良は、その変化を頼りにし、希畔きはんの町にたどり着いたらしいのだ。

 クミは、そのことを、皆に端的に語って聞かせた。


「じゃあこれは、この血の持ち主が、今、『何処か』にいるってことかな? 死亡しているわけじゃなく?」

「真っ青よりかは少し明るいカンジだから、たぶん、そうだと思う……けど……」

「けど?」


 ネコの歯切れの悪い言葉を、ニクラは、少し苛立ったように繰り返す。


「『けど』、なんなの?」

「これって、じゃないよね?」


 手のなかの遺物にさらに顔を近づけたニクラは、そのまましばらく黙って眺めたあと、「確かに」と零した。


「……四半分しはんぶん程度を、行ったり来たりしている……ようね」

「そうそう。クルクル回ってるっていうよりは、メトロノームみたいな動きよね」

「また神世の言葉を使う……。『めとろのおむ』を知らないから頷けないよ」


 顔を離したニクラに続き、ニクリや保安手らも「指針釦」を覗き込んだ。

 そうして、「針は回転しているのではなく振り動いているようだ」と、皆の感想が一致する。


「でも、なんでこんな変な動きになってるんだろ……」

「『何処か』が関係しているのかもしれないね」

「これだと、ログちんやキョライさんが見つけられないのん? 手がかりが無駄になったのん?」


 ニクリの言葉に「無駄ではありませんよ」と優しく返すのは、教主フクシロ。

 そこで、ネコは、彼女が長らく「分つ環」を持ったままの体勢であり、それは自身が境界面に乗っているせいだと気付いて、ニクリの肩へと飛び移った。

 ようやく「分つ環」を下ろすことのできたフクシロは、「指針釦」を受け取ると、それを持って休憩所のなかを歩き回る。保安手のひとり――ナ行の魔名術者である――に「色見いろみ」の術で確認してもらったところ、肉眼では判らないほどかすかにではあるが、青色は確かに変化しているとのこと。


「やはり、無駄になど、なっておりません。ベリルさんが遺してくださり、私たちが手にした手がかりです。先ほどの明良さんの話からすれば、色が変化するだけでも目標に向かえるとのこと。ならば、確たる前進でありましょう」

「そうだのんね……。うん、そうだのん!」

「よぉ~し、『ガツン』と一発やりかえすのに、まずは成果ありね! チーム天咲あまさきの大勝利よ!」


 意気高いクミに、ニクラがいぶかしんだ顔を向ける。


「その『ちいむ天咲』ってのも何なのよ?」

「いやいや、このメンツ、天咲塔の顔ぶれでしょ? だから、チーム天咲。『チーム』ってのは、仲間というか、集まり、みたいな意味かな?」

「……キョライのヤツは、今は完全な敵よ? 印象が悪いから、やめてほしいね」

「ふふ。ですが、不思議と一体感があってよいですね。チーム天咲ですか……」


 それからの「チーム天咲」は、別に動く美名たちに「手がかりを得られた」旨、タイバ大師に「可能な限り早く福城ふくしろに戻ってほしい」旨、これらをすぐさま連絡すると、なにぶん、丸一日近く起きたままであり、ひとつの目途が立った安心もあってか、どっと疲れが出た。

 そうでなくとも、「名づけ師トジロとの面会」、「非常事態の宣布」、「(タイバ師が到着すれば)『指針釦』を頼りに捜索を開始する』――明日にもやるべきことがたくさんある。

 天咲塔攻略の頃より「心身の健康が資本」を信条とする「チーム天咲」は、今晩は食事を摂り、やすみに入ることにしたのだった。

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