遺物の保管庫と針が示す先 4

 保管庫に入るなり、探索の状況を訊ねたフクシロではあったが、答えを聞くまでもなく、集まってきた各人の顔色だけでかんばしくないようだとは察したらしい。彼女にしては珍しく、「私はどこを探しましょうか」とから元気な様子で言った。


「それとも、もう少し人手も集めてきたほうがよろしいでしょうか」

「ン~……。ヒトが増えても……。ン~……」

「無駄よ」


 言葉を濁したクミとは対照的に、ニクラがずばりと言う。


「これだけの時を費やして見つけられないんだから、クミももう判ってるでしょ? このやり方は効率がよくない。ヒトを増やしたってどうしようもない。山のなかから砂粒を探すようなものだわ。それも、目あての砂粒がある確証もない」


 ニクラの厳しい言葉が正論だとは、先行組の痛感するところであった。だからこそ、誰もすぐには何も言えず、新しい顔ぶれが来たばかりだというのに、遺物保管庫の空気は重い。

 やがて、何か考えこむようだったネコが、「そうね」と顔を上げた。


「ニクラの言うとおりだわ。別の方法を考えてみないと……」

「別の方法……。当初考えていたとおり、これから、名づけ師トジロ様に会見する手筈てはずをとりましょうか?」

「いえ、今日はもう、お休みにしましょうか、フクシロ様。夜も遅くなってるだろうし、実はちょっと、お腹も空いてきちゃってるんですよね……」

「リィもだのん」


 言ったそばから少女の腹の虫がグゥと鳴る。

 思わず笑みを交わし合う一同だったが、おかげで、場の雰囲気は少しばかり和んだようだった。


「悪徳名づけ師との面会は、明日ね。先に退治しなきゃならないのが、ニクリの身中に潜んでいるわ」

「恥ずかしいのん……」

「では、引き揚げましょうか」

「はい。せっかく来てもらったのに、ごめんなさい」


 そう言って、クミが一歩、進んだときである。

 自身も空腹で嗅覚がいくぶん鋭くなっていたためであろうか、小さなネコは、かすかな金気かなけ臭さを感じ取った。


(あれ? このニオイって……)


「フクシロ様、どこかケガしてます?」


 問われた少女教主は、きょとんとしたあと、「いえ」と首を振る。


「しておりませんが……。どうしてです?」

「なんか、みたいなのがした気がして……」


 「それは」と思い当たるところがあったらしいのは、フクシロでなく、一歩引いていた保安手司であった。


「保安手の手下てか、ベリルのものではないでしょうか。この庫内にも、入ってすぐのこのあたりに血痕が残っておりましたし、すぐそこの階段の下に、彼自身が血を流し、倒れておりましたから、臭いがまだ残っているのかもしれません」

「昨日の今日ですもんね。ネコの身体だと地味に鼻がいいから……」


 納得しかけた様子のクミだったが、そこで突然、形相を変え、保安手司に振り返る。


「この部屋にも血が流れた跡があったんですか? このあたりに?」

「はい。流れていたというほどではないものの、二、三滴、目立つ血痕がありましたので、遺物やらを運び出したあと、階段下を掃除するのに加え、このあたりも洗浄をしております。ですから、この付近にはほこりこけもありませんでしょう?」

「この部屋にあった血痕……。それって、?」


 「どういう意味?」と割って入ってきたのは、ニクラである。


「クミは、何を気にしてるの? 誰の血かなんて関係があるの?」

「大あり! 『指針釦ししんのこう』は、『探し出すための身体の一部』として使のよ!」


 クミの言葉に、皆が色めきだつ。


「クミちん! ホントなのん、それ?」

「ホントもホント! 実績があるんだから!」

「『身体の一部』とは、まさに『身体の一部』なのですね」

「そういうのは余さず言いなさいよ、クミ」


 呆れるニクラに答えず、スンスンと鼻を鳴らし、顔を地面にこすりつけるようにしながら、クミは続ける。


「泥棒は、んじゃないかしら。ベリルさんと戦って、傷を受けた。ベリルさんのご遺体がすぐそこ、保管庫の外にあったなら、戦ったのはその場所か、地上ってことでしょ? それで、ここまで血が飛んでくるものなの?」

「確かに、飛んできた飛沫というよりは垂れたような跡ではありましたが……」

「敵の得物から垂れた、ベリルの血かもしれないよ」


 ニクラの疑念に、床を這うようなクミは、「そうかもだけど、そうじゃないかもしれない」と返す。

 すでに彼女は、「血痕」が残っていないか探し始めているようだった。


「リィ。ご飯は、もう少しだけおあずけにしてね」

「のん?」

「見えるほどの血痕をそのままにしてたってことは、たぶん、『血が指針釦に使える』ってのを相手も知らなかったのよ。だとしたら、残さないように気を付けてたのかもしれない髪の毛やなんかより、見つかる可能性が高いと思わない? 見つけられたら、反逆グループの手掛かりになる!」

「クミちん……。リィも探すのん!」


 身を屈めたニクリに続き、フクシロと保安手のふたりも、外に出て階段付近や壁面に向かい、探り出す。

 何か言いたそうにため息を吐いてから、ニクラもその捜索の輪に加わった。

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