遺物の保管庫と針が示す先 3

 「玉世喜たまのよのよろこび」が置かれていたという刀剣立てを押して傾け、石床とのすき間をあらためていたクミ。

 そのそばにニクラがやってきた。


「クミ。これはどうかな?」

「ン? どれ?」


 ニクラがかがんで見せてきた手のひらのうえ、革の切れ端のようなものが乗っている。


「盗賊の服や持ち物から落ちたのかもしれない。使用できるのは『身体の一部』ってことだけど、万が一ってことも……」

「ン~……。望みは薄そうだけど……。とりあえず、入れてみて」


 言われたニクラは、クミが首輪から取り外し、横にけておいた「指針釦ししんのこう」を手に取ると、小片しょうへんを収めて外蓋を閉める。そうしてから、上にしたり、向きを変えたり、逆さにしたりしてみた。

 だが、遺物のなかの針は、特に定める方向もなく、ユラユラと揺れるばかり――。


「やっぱし、ダメみたいね」

「判ってはいたけど、これって、なかなかの難題よ……」


 意気を落とすふたりのもとに、今度はニクリが駆け寄ってくる。


「あったのん! 髪の毛、あったのん!」


 つまむような形の右手を掲げ、ニクリ大師は、顔を輝かせている。


「ほら、クミちん。これ!」

「どれ、どれ……」


 差し出された手から一本の毛を受け取ったクミは、燭台の明かりのしたに移動すると、しばらくのあいだ、黙って見定めていた。

 れながらも、双生の姉妹も黙り、クミを見守る。


「ン~……。このオレンジ色と長さ……。これは多分……」


 ふたりに向き直るクミだったが、その双眸そうぼうの焦点は、少女らの顔や目ではなく、頭部全体に合わせられている様子。


「どうだのん、クミちん? 使えるのん?」


 ニクリが急きこんで訊くものの、クミの沈黙はまだ続く。

 その様子に、ニクラのほうでは、ネコの懸念を察したようだった。


「クミ。その髪って、まさか……」

「まぁ、とりあえず、試してみればわね。こういうカンジのヒトだったのかもしれないし、キョライさんがそうだったみたいに、ナ行の『色変しきへん』で変装してたのかもしれないし」


 クミから髪の毛を受け取ったニクラは、「指針釦」に収める。

 すると、入れた直後から遺物は真っ赤に光り、ひとつの方向を指し示すようになった。

 

「やったのん! 使えるのん!」

「いや、これは……。ニクリ、ちょっと入り口のほうに行ってみて」


 ひとり歓喜したニクリであったが、姉に指示されると、首を傾げて遠のいていく。

 肩の上にやってきたクミと一緒になり、妹と手元とを交互に見ていたニクラは、やがて、ふぅとため息を吐くのだった。

 

……」

「やっぱしね……」


 戻って来たニクリは、ふたりの沈む様子に、「どうしたのん?」と訊く。


「これね、ニクリの髪よ」

「のん?!」


 告げられたニクリは、文字どおり、飛び上って驚いた。


天咲あまさき塔のとき、クミが識者しきしゃジジイに説明してたの、聞いてたでしょ? 鮮烈な色味の赤は、対象がすごい近くにいるってこと。指針釦は、アンタに反応してたの」

「のぉん……」

「今、リィが動いたら、針も合わせて動いてったわ。私もさっき、黒い毛が落ちてるのを見つけたの。短かったし、クセもあったから、さすがに自分のだって気付いたけどね。生え変わった夏毛の残りだったのかも。ともかく、気を付けてね」

「のぉ~ん……」

「いや、でも、もしもってことがあるから、どんどん見つけて、試してくしかないのは確かよ。落ち込まなくていいからね」

「もう少しきつく縛ってあげるから、この箱のうえに座りなよ、ニクリ」


 落ち込み気味になった妹のまとめ髪を解いてやるニクラ。

 クミの体感では、探し始めてから四半刻近くは経っている。

 姉妹の髪結いでちょうどそういった雰囲気になったことから、ネコは、保安手司にも声をかけ、小休止をとることにした。


「『指針釦』は、結構スゴいアイテム……、道具よね」


 腰を落ち着けしみじみと言うクミに、妹の髪をまとめ上げてやりながら、ニクラが怪訝けげんな顔を寄越してくる。


「今まさにそれのおかげでだいぶ苦労してるんだけど、なにがスゴいっていうの?」

「いやあ、ふたりって、どう見たって一卵性の双子でしょ? 『烽火ほうか』で美名がアンタを追ったときもそうだけど、ちゃんと、ラァとリィとで区別つけられてるっぽいのよね。なにで判断してるんだろ……?」

「その『いちらんせい』っていうのは、何のことかな? 神世かみよの知識?」

「う~ん……。知識っていうか……。双子だけど似てないヒトとか、男女だったりとか、アンタたちも会ったことない? そういうヒトたちが二卵性。ふたつの卵子から生まれてきた子たち。ラァたちは、そうじゃなくて、ひとつの卵子から生まれてきたのよ」

「……『らんし』がさらに判らないよ」

「『らん』で『生まれる』んだから、タマゴのことじゃないかのん? でも、リィとラァは、鳥でも蜥蜴とかげでもないのん」

「あ、やっぱし……。居坂はそういうカンジなのね……」

「……ヒトの生まれ方は、神世でなくとも、教会学舎や学館で教わるよ」


 少し頬を赤くしたニクラが、「はい、終わり」と言って妹の頭をポンと叩くと、それが区切りになったのか、一同は、ふたたび捜索に戻る。


 それからまた、四半刻ほどが経過した。

 しかし、このかんも成果は上がらず、「試し」や会話も少なくなっていた保管庫内は、憔悴しょうすいの気配が増すばかりであった。

 そんな折である。

 開け放しにされていた入り口の向こうから、カツンカツンと足音が聴こえてきだす。どうやら、地上から階段を下り、この地下室に向かってくる者があるようだった。


「皆様、任せきりになってしまってすみません。いかがでしょうか」


 庫内に立ち入ってきたのは、これもまた保安手のひとりだろう、従者を伴った教主フクシロ。すでに探索作業に自らも参加するつもりらしい、はかますそそでをたくし上げ、活動的な姿であった。

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