第五章 剣閃の向こうへ

ネコ 福城編

収監牢と陽動者

 魔名教会の主都、福城ふくしろの町の教会区内。立地としては、「迎賓げいひん館」のすぐ近く。とがめを受けた罪人が収容される「教会区収監所」という施設がある。

 「収監所」とは言っても、見た目外観は小綺麗なもので、教会区内の景観を損ないはせず、また、罪人を長く収容する目的でもない。本格的な「収監所」は最外周の防壁の外にあるから、あくまでも、教会区内で騒動事変があった際、該当者を「暫時ざんじに収監する施設」に過ぎない。

 

 その施設の収監部にある廊下を、教主フクシロ、守衛手司ニクラ、波導はどう大師ニクリ、そして、客人まろうどのクミ。連れ立った四人が、監察手かんさつしゅの先導に従い、重い足取りで歩みゆく。

 やがて、鉄格子が張られたひとつの収監牢にて、一行は立ち止まった。


面前めんぜんまで参られよ」


 監察手の男がそう告げると、鉄格子の内側、寝台の上で毛布を被っていた者が、それを跳ね上げ、ガバと身を起こす。

 痩せぎすの男である。たった一日の収監生活のせいだろうか、赤い髪はボサボサで髭もまばらに伸び、身なりが汚らしい。フクシロたちが聞き及んだところ、には白外套を羽織り、眼鏡がんきょうまで身に着けた姿には威容めいたものも感じたとあるが、その面影はまったく残っておらず、凡庸の感を拭えない。

 男は、収監牢というこの場に不釣り合いな少女が立ち並ぶ現況に戸惑っているのだろう、おそるおそる、ゆっくりと探るように格子の近くまで歩み寄って来た。


「魔名と住所、稼業を述べよ」


 監察手が命じると、男はまず、見ている少女らが気の毒になるほどに身体をびくつかせた。


「……キ・アランド。住所は、第四教区教区都ラプトの新江しんこう地、二町目の三番、サンジ荘の三階。稼業は、動力どうりきしゃ操手そうしゅ……」

「ハ行大師にふんし、教会区の南大門を騒がせた動機と経緯、徒党の仲間の詳細を述べよ」

「違うって! 何度言わせるんだ! 俺はなんにも知らねえ! なんにもしてねえ!」


 顔を上げた男は、格子に手をかけ、少女らにすがるようになった。しかし、「ふだがこい」の自身をいまだ自覚できていないのか、格子の隙間をスルリと抜けた左手に、どこか悲愴の感が漂う。


「守衛手らの警戒を集め、門の守りを手薄にし、賊徒ぞくとの侵入を手引きした経緯は?」

「知らねえってば! ホント、気付いたらもう、俺はもう、ふんづかまってて。手も、こんなになっちまってて。どうして、どうして……。こんなトコロに……。なんで福城になんか……。全然、覚えがねえってのに……」


 鉄格子の奥で力無く座り込む男に、一行は、憐憫れんびんの目を向けずにはいられなかった。


 主都福城に騒動が起きたのは、教主と守衛手司が不在の折――ヨツホに散雪鳥さんせつちょうの襲撃があったすぐ翌日のことである。

 教会区の玄関口、南の大門に、赤毛の長髪、眼鏡をつけた男が忽然と現れた。

 その風貌たるや、とあるたずびとに酷似していることに、門衛を務めていた守衛手らもすぐに気が付いた。ともがらの殺害、魔名収奪、希畔きはんの町の騒擾そうじょうを引き起こした疑い。当代ハ行去来きょらい大師、ホ・シアラである――。

 当然、守衛手たちは、不審人物の身柄確保に動いた。大門の門衛に、逃げた赤毛の男を追いに走った。

 やがて、赤毛の男を捕まえて戻って来た守衛手らだったが、彼らは、大門の様子に慄然とした。

 門衛に残した者の姿が。福城の最重要地区、教会区への入り口は、この騒動の合間、のだ。

 守衛手らも、そこでようやく、この一連の真意を悟る。

 現れた男は陽動。真の狙いは、教会区への侵入――。

 報告を受けた教会本部は、区内を急ぎ非常警戒態勢に入れ、武装しての巡回警備を実施したが、時すでに遅く、賊徒当人の発見、確保はならず。代わりに、区内での被害が大きくふたつ、明るみとなる。

 まずひとつは、門衛についていた守衛手ひとりと、「とある施設」の警備に就いていた者ふたり、計三人の死亡。

 そして、ふたつめ。これが賊徒の本来の目的だったと思われるのが、「とある施設」――教会区内にある神代じんだい遺物いぶつ保管庫にみられた盗難の形跡である。賊徒は、神代遺物を含む武具道具を四点、盗んでいったのだ。


「私は、当代魔名教会教主、フクシロです」


 腰を落とし、目線を男と合わせたフクシロが、片手の甲を上げ、名乗りを上げる。


「教主……? そういやその顔、少し前に『曲光きょくこう』で見た……」

「……あなたは、神についてどう思われますか」


 突拍子もない教主の質問に、男はさらに呆然となる。


「神が……。なんだって?」

「神について思うところを、お聞かせ願えますか」

「……神? 神が今、何か関係してるってのか?!」

「……」

「俺は、何も知らない。本当に何も知らないんだ。教主様なら助けてくれよ。主神でもカ行大神でもいいから、助けてくれよぉ……」


 そう言ったきり、男は顔を落とし、嗚咽おえつを上げるようになってしまった。


「……やはり、この方は……、キョライさん……、シアラ大師ではありえませんね」

「『神はヒトの極みだ』なんてふてぶてしく言ってた男が、たとえ演技だろうと、こんなふうに、神にすがるような文句を吐くとは思えないからね」


 ニクラの同意の言葉に振り返って頷くと、フクシロは立ち上がる。


 騒動にて確保されたこの男は、唯一の手掛かりとして、聴取やマ行幻燈げんとうでの「心読こころよみ」にかけられていた。そこで判明したところ、どうやらこの男は、去来大師シアラとは違う人物のよう。どころか、自分がなぜ福城にいるのか、どうして大門の前に現れたのか、追われて逃げたのか、事情について、まったく覚えがないらしかったのだ。

 速報を受け、ヨツホから戻った四人は、取り急ぎ、この男がシアラ大師――「キョライ」でないことを、あらためて確認しにきたわけなのである。


 フクシロは、監察手に顔を向ける。


「この方をあと九日拘留し、変容なければ釈放してあげてください。それまでに事態が解決すれば、その時点ですぐに。特務部長と監察手司には了承をいただいております」

 

 「はい」と頷く監察手だったが、そこに、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げ、「待てよ」と男が割り込んでくる。


「すぐに出せよ! 九日だなんて……、無実なのに! ラプトに帰してくれ!」

「……あまりな処置に憤慨されるのも当然です。でも、どうか……お許しいただきたいのです」


 深々と腰を曲げた教主の礼は、長かった。

 ようやくに上げた沈痛な面差しのなか、まなじりに涙も浮かべている。


「九日……。すでに経った一日分を合わせれば、十日。これは、あなたが、いまだ使可能性を危惧するがためです」

「俺が……、使役……?」

「かつて『ヒトへの使役』は事例がありませんが、どんな熟達であっても、一度のタ行魔名術で、効果が最長十日であることを鑑みたものです。解放後は、拘留日にち分の保障と、この福城で自活していくための援助はいたします。アランド様の魔名が響くよう、魔名教会は協力を惜しみません」

「『福城で自活』? なんで……、なんだ……それは?」

「伝えるのも……、心苦しい限りなのですが、ラプトは……、もはや、あなたの帰れる町ではありません」

「ど、どういうことだよ……。ラプトが帰れる町じゃないって、どういうことだよ!」


 男は、掴んだままの鉄格子を押し引きし、暴れる様子を見せたが、監察手がひとたび打擲ちょうちゃく棒をくれると、痛がって身を引き、それでおとなしくなった。


「くそ、クソォ……。なんで、なんでこんなことに……」


 「なんでこんなことに」――。

 フクシロもニクラもニクリもクミも、みな、等しく思うことである。


「……いきましょう」


 廊下を引き返していくなか、彼の家族の名であろうか、「ユウミぃ」と小さく聞こえた男の声。

 あまりにか細く、もの哀しげな声音に、クミの小さな胸もひどく痛むのだった。

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