動議の場と捜索の手がかり 1

 魔名教会本部の組織機構は、大きくは――「執務部」、「特務部」、「教務部」のみっつから成っている。規模に大小の差はあるが、これは各教区でも同様であり、教会が長らく維持してきた基幹構造である。

 平時の教会運営において、各々の部の管轄は独立してはいるのだが、――昨今の新しい例でいえば、教主フクシロの変革のひとつ、「教区制廃止」などは、執務部と特務部の長、司教職、教主の四者が協議し、案を詰めるといった連携がとられるのも通例であった。

 そして、今回の「平時でない事態」でも――福城の教会区内、主塔の内証ないしょう室にて、「大師謀反むほん」についての対策会議が開かれている。


「――以上、お話しましたことが、三大妖さんたいよう散雪鳥さんせつちょうが襲撃してきた時点までのヨツホと小豊囲こといの状況でありました」


 長く語ってきたフクシロがひとまず締めくくると、場には沈黙が落ちる。

 この小さな内証室に、教主フクシロ、波導はどう大師ニクリ、司教のヘ・デジクゥ、その補佐の副座、執務部長と特務部長、教務部長とクミ。(小さなネコは数えないとしても)七人もいるものだから、話の深刻さも相まり、室内は息が詰まるかのよう。冬寒ふゆざむの時節だというのに、目まいを起こさせる熱気が蔓延まんえんしていた。


 会議開始の折、フクシロはまず、端的に以下の報告をしていた。


 ひとつ使役しえき大師ト・レイドログと去来きょらい大師ホ・シアラの両名が一連の変事の首謀である。

 一、「一連の変事」とは、自奮じふん大師ソ・プリムへのセレノアスール襲撃教唆、当該大師の殺害。大都だいと領内イリサワへの襲撃、大量殺害行為。第四教区都ラプトの住民消失。第三教区都|小豊囲への襲撃、住民消失。ヨツホ襲撃。教会本部からの神代じんだい遺物いぶつその他の窃盗。第三、第四教区を併合し、独自占領下に置くという一方的な宣言。


 続けて、以下の提議を上げている。


 一、両名から大師格を剥奪。

 一、両名を『叛徒はんと』と認定し、公告。

 一、居坂いさか全土に非常事態宣布を告示し、警戒態勢を強化。

 一、教会本部が主導となっての、すべてに優先した両名身柄確保。


 それから、ヨツホに大師連中が参集してからの十行じっぎょう会議の内容、投降勧告、散雪鳥の襲来、小豊囲の状況を語ったのである。


「……しかし、今までの話からすると、すべてがレイドログ大師とシアラ大師の仕業とするには、材料が乏しい気もしますが」


 疑問をていする執務部長に、「もっともです」とフクシロは返す。


「ですが、これらの多くには、無視できない共通項があります」

「共通項……?」

「はい。三大妖を使役しているという点です」


 内証室の空気が、ピンと張りつめる。


「三大妖……。人々が忌避してきた、受難そのものともいえる強大なアヤカムです……。教会史を顧みるに、かつて、これらを使役したという事例がありましょうか?」

「……」

「セレノアスール、イリサワ、ヨツホ、小豊囲……。時機を同じくして、各地の人里を襲うよう、使わされたアヤカム……。同一人物が仕組んだと定めるのに、特段の反証は、いまのところありません。それをおいても、セレノアスールに関しては、レイドログ大師の関与が確定的です。彼の愛玩あいがんともいうべき希少アヤカムの姿がプリム大師殺害の実行役で目撃されており、この件だけでも充分、憂慮して対処すべき問題になります」

「……シアラ大師の件は、いかがでしょう?」


 さらに問いかけるのは、司教の補佐――副座職にある女性教会員である。


「シアラ大師の関与は、確定的と呼べるものが少ないように思えます」

「……確かに、おっしゃる通りです。小豊囲に施した『包囲陣』からの脱出。ヨツホに前触れなく現れた散雪鳥。これらは、かなりの熟達のハ行術者が関与しているやも、程度に留まるものです。この機にクミ様が目撃した人物、福城にて、『シアラ大師』を利用した遺物盗難が起きたことを合わせて考えても、推察の域を出ません」


 「ですが」と顔を上げたフクシロは、クミが見上げる角度からは、少しばかり泣いているようにも見えた。

 無理もないな、とネコは思う。


 ヨツホに襲撃があった日、ひとまずは収拾の目途がつき、大師連中がふたたび参集した場にて、自身が何気なく言ったひとこと――「キョライさんを見かけた」。

 相手の人相風体ふうたいについても告げたところ、そこから、瞬く間に「キョライとホ・シアラが同一人物」との推論が生まれ、結果、かの者は、変事の首謀のひとり、使役大師と共謀しているのだとの考察に至った。

 確かに、聞いているかぎりは、ありえなくもないとは思えた。

 だが、クミは、「ホ・シアラの悪行」を知りつくすわけではない。

 一方、「キョライさんが手助けしてくれた」ことは身に染みて知っている。

 明良あきらやハマダリンを筆頭に、「シアラ憎し」に染まっていく場のなかで、クミは、少しだけ居心地の悪さを感じていた。「あのキョライさんが?」という心情だった。

 それは、理詰めで考える性質のニクラからは読み取れないものの、ニクリやフクシロ――天咲あまさき塔をともにした仲間もまた、同様であるよう、クミには見えた。

 特に、フクシロは、あの苦難の冒険を経て、キョライへの感謝の念が絶えることはなかったらしく、ひどく悲痛に暮れる様子も明らかだった。

 だが――。


「ホ・シアラは、かつて、許されざる暴挙に走っております。本件にも関与が疑われる程度であっても、排除対象に判定すべき、居坂の叛徒はんとと言えましょう」


 教主としての立場の少女は、私心を殺し、断言する。

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