包囲の穴と静かな大都市 2
「フクシロからお達しが来たよ」
馬を走らせつつ、ラ行
「『
「『応じてよし』……?」
「『生殺与奪の判断は一任する』……、ですってよ。明良隊長」
波導の少女は、
この切迫した状況で、彼女とて茶化しのひとつもせずにはいられないのだろう。
「『殺してもよし』……か……。フクシロにしては物騒な指示だな」
「教主としての苦渋の選択でしょ」
まるで自らがその苦渋を味わうかのよう、ニクラは、その顔をさらにしかめてみせる。
(
「『いずれにせよ、私たちの無事を最重視』とは言ってくれてる。『無理しすぎるな』だってさ」
「当然だ。無法者にくれてやる魔名など、俺たちの誰一人とて持ち合わせていない」
そこに、バリが「馬を降りよう」と言葉をかけてきた。
「
「音といえば、ニクラさん」
「……なんでしょうか、バリ大師?」
「後方とのやりとりだけでなく、向かうところの状況も探ってくれるとありがたいのだけれど……」
気後れする様子のバリに、不機嫌そうな顔を向けるニクラ。
「言われずとも、やっていますよ」
「いやはや……、これは余計な口出しだったかな。標的の居場所も、もうすでに知れてるとか?」
ニクラは、不機嫌のなかに当惑するような顔色を混ぜ、「いえ」と言い淀む。
「……聴こえてきません」
「聴こえない……?」
「何が、だ?」
「何も、よ」と、ニクラは明良に向けて返す。
「小豊囲の方角からは何も聴こえてこない。静かなのよ」
「……どういう意味だ?」
「ヒトは、自分が思ってるよりも多くの音を出してる。歩行、衣擦れ、呼吸、脈動……。それが一切、聴こえてこない」
「まだ遠くて、それでニクラさんの波導術の範囲にないかな?」
バリの邪推を「いや」と否定するのは、ニクラでなく明良。
「ニクラの『ラ行・
「……だとしても、それが真実なら、どういう意味になるか、自分で言ってても判るだろう、明良くん?」
当然、明良も最悪の予想をしていた。
小豊囲にヒトがいない。
数日前に
その十万、生物としての気配が一切、聴こえてこない――。
明良の脳裏では、「全滅」の二文字が――そして、うち捨てられたまま、山となった元住人らの光景が、否が応でも想像された。
*
『この地は浄化された。立ち入り住み着けば、魔名返上に至るもやむなし』
明良とバリ、ニクラの三人は、敵方の見張りや住人との接触もまるでなくたどりついた門の前、張り出されていた文言の前で茫然とする。
小豊囲という町は、
「浄化……? どういう意味だ?」
やっと絞り出された少年の問いに、バリが「『
「『衆生源生』っていうのは、魔名教典内の神話のひとつだ。少し長い話になるけど、土着の人々の生活を確固としたものにするため、主神と
「そのなかにある主神の言葉がこれよ」とニクラも続く。
「『衆生源生』のなかのひとつに、住人の生活用水を確保するため、汚濁が激しかった水源に石と剣を投げ入れ、澄んだ水に変えたという逸話があるの。この文句の前半は、そのときの主神の言葉そのままだよ」
「水源……。『この地は浄化された』……。すぐそこの湖にかこつけて、神を気取った真似事か?」
明良は、
それから一行は、警戒しつつ町の中へ入っていく。
しかし、三人は、小豊囲の異様さにすぐに気が付いた。
「これは一体……、どういうことだ?」
目の当たりにした異様さをさらに確かめるため、小さな村ならふたつは入る広さの区画を探り回ってからようやく、明良は困惑の声を上げる。
「どうして……。なぜ、死体がひとつもないんだ?」
小豊囲の町は、明良の記憶にも新しいイリサワのように、ところどころで爆撃跡が見られた。だが、散々に破壊された様子ではない。まったく無事な人家や通りも多く、これならば、生き延びたヒトがいてもおかしくないはずである。
だが、生存者は見当たらない。どころか、死体の影さえない。
使役大師に襲撃を受けたのは、たったの数日前。この数日でいったいなにがあったのか。小豊囲の十万は、どこへ消えてしまったのか。
大都市小豊囲は、ニクラが「ヒトの気配が聴こえない」と言い、明良が予想したのとはまた違う、ただただ困惑するばかりの状況だった。
「食事の準備がそのままの家も見られたね。まるで、時が止められて、ヒトだけがいなくなってしまったみたいだ。空っぽの町だ」
「……ニクラ、ヒトの気配は?」
「ダメ。聴こえるのは、ネズミや家畜らしい音だけ……」
当惑しつつの三人は、やがて、この町で最大の施設、教区館の区画へたどり着いていた。
この館がもっとも激しい襲撃を受けたらしく、屋根構造は崩れ、瓦礫が散らばるのもそのまま。だがやはり、この付近にあってもヒトの気配を見つけられない。
そして、三人は、教区館入り口にあたるであろう倒壊跡に、立て札があるのを見つけた。
『この地は浄化された。住み着けば、魔名返上に至るもやむなし』
立て札には、町の入り口と同じ文句。
筆書きの手本のように綺麗な字形に、寒々しい
「レイドログは……、ここにはもういないね」
バリが静かにつぶやいた言葉。
事態の混迷のなか、少年は、「クソ」と舌打ちを鳴らすのだった。
(第四章の終わり)
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