包囲の穴と静かな大都市 1

 明良あきら、バリ、そして、ニクラ。

 「包囲陣」の間際で中継役を担っていた三人は、今、「ラ行・明光めいこう」で夜道を照らしつつ、馬に乗って街道を駆けている。

 目指すは、レイドログが襲撃、占領したという小豊囲こといの町――。


「ニクラ! ヨツホはどうだ?!」

「安心して! 死人が十数人あったようだけど、やっぱり、相手は散雪鳥さんせつちょうが一体だけだったらしいよ。収拾はついたって、ニクリが」

「死人が出ているのなら、『収拾がついた』とは言えん……」


 馬上の明良は、憎々し気につぶやいた。


 *


 勧告の合間にとっていた小休止の最中さなか、ニクリから飛んできた「伝声でんせい」連絡は、三人がまったく予想していなかった内容で、事態を急転させていた。

 「ヨツホへ急襲あり。それも、美名がセレノアスールで対峙したのと同種の三大妖さんたいよう――」。

 もちろん、レイドログが反抗に出てくる可能性は考えられており、だからこそ中継には明良とバリとで随伴してきたのだが、彼らが虚をかれたのは、にされたこと。出入りを察知するはずの「包囲陣」が、まったく機能していなかったことにあった。


「やられたね。アヤカム相手の罠を使い回してたのがよくなかった」


 すぐにに気が付いたのは、オ・バリ。


「ハ行去来きょらいの使い手が、相手方にいる」

「……どういうことだ?」


 「そうか」と、自らも得心がいった様子のニクラが続けた。


「『何処いずこか』をいけば、この警戒は無意味……。この『包囲』は音を聴くだけで、ではないから……」

「つまりは出し抜かれたというわけか……。どうして、去来術の対策を……」


 非難めいたことを言いかける明良だったが、すぐに口をつぐんだ。

 自身もまた、この対処の仕方にはたいした疑念を抱かず、「包囲陣」の機能については詳細に確認していなかったのだ。とがめる立場にない。


「仕方ないさ」


 少年の悔恨を慰めるように、バリが言った。


「相手は、タ行使役しえきの熟達者だと誰しもが考えていたんだ。そこにまさか、ハ行去来の熟達……大師級の者まで結託しているとは、考え及ぶものじゃない」

「……三大妖を『何処か』にしまい、運べるのは、間違いなく大師級だな?」

「そうだね。僕が世俗から離れているあいだに新たな才覚が芽生えてなければ、それだけの熟練者、居坂に五人もいないだろう」


 ハ行去来の大師に匹敵する魔名術者の存在――。

 少年とバリは、赤髪の大師そのものを。ニクラは、青髪の遺物いぶつ採掘者の姿を脳裏に過ぎらせた。


「さて、僕たちはどうしようか。たすけに戻るかい?」

「今のところは、散雪鳥の影とはじめの一撃以外、敵襲はないらしいよ。大師連中が、総出で迎撃にいったみたい」


 ふたりに注目され、考え込む様子の明良だったが、やがて、意を決したように顔を上げると、「小豊囲に入ろう」と告げる。


「今から全速で戻っても、二刻近くはかかるだろう。かといってグンカ師やタイバ師を呼べば、俺たちのせいでヨツホの戦力を一時的に落としてしまう。俺たちが援けに戻らなくとも、あれだけの実力者が揃っているんだ。そう易々やすやすと陥落させられることはないはずだ」


 言いつつも、明良の心中にはイリサワの光景が思い起こされる。

 あの、破壊された人里。吹きすさぶ風雪が弔いにさえ見えた村。

 正体不明の軍勢もあったとはいえ、散雪鳥の暴威の跡を明良も目の当たりにした。美名やハマダリンからの報告も併せて考えれば、生半可なアヤカムでないのは確かである。

 だが、自らが言ったように、ヨツホには大師格が揃っている。居坂の歴々が軒並み居合わせている。美名やクミの身の上も気掛かりではあるが、彼女らとて生半可な者ではない。それは、自身がよく判っている。

 明良は、大事に思う者たちの無事と武運とを歯がゆくも信じることにし、「小豊囲に向かう」――自らが為すべきことを定めていた。


「小豊囲がレイドログの拠点となっていれば、万にひとつ、当人が残っている可能性がある。もしもそうであったなら、逆に、あちらには散雪鳥と去来術者がいない状況……戦力が欠如した好機ともいえよう。ここから小豊囲まで、半刻もかからないのだろう? ヨツホのことは仲間を信頼し、俺たちは、別働として小豊囲に乗り込む。使役術者を打ち倒せれば、それだけヨツホの危険も減退し、早期決着の目算が出る」


 少年から方針転換を告げられたふたりは、少しのあいだ、揃って考え込むようになったあと、これもまた機を合わせるように失笑をこぼすのだった。

 

「結局は、危険を冒すってわけだね」

「なら、早く行くわよ」


 こうして三人は、レイドログ討伐を見据えて小豊囲に入るべく、「包囲陣」の待機所を急ぎ出てきたのだった。

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