投降の勧告と返答 6

 逃げる巨鳥を追うグンカ、そして、少女――。

 夜空を駆けて飛ぶ勢いのため、識者しきしゃ大師が「爆撃返し」で負わせた火は消えかけてはいる。だが、飛翔力をずいぶん損なわせたのだろう、羽ばたく翼から焦げカスを撒きちらして逃げる散雪鳥さんせつちょうの速度は、セレノアスールの個体よりもいくらか遅いように美名には感じられた。

 そうこうするに入ったか、少女に先駆けていたカ行動力どうりきの大師は、標的に向け、片方の平手を突き出す。


「カ行・押引おういん!」


 「対象を任意に動かす」カ行魔名術を仕掛けられ、アヤカムは急減速する。その不可思議に戸惑うためか、前方の散雪鳥は、ギャアギャアと騒がしくなった。

 飛行速度をさらに上回り、グンと距離を詰めたグンカ大師は、相手の真上に位置取り、両の手をかざし下ろす――。


焔嵐ほむらあらしッ!」


 散雪鳥は、絶叫を上げつつ炎の嵐に見舞われる。

 火勢はアヤカムの影形さえ燃やし尽くさんほどに猛り、いくらもがこうと決して消えはしない。どころか、瞬く間に炎のほとばしりが幾重にも襲いかかっていく。もはや、アヤカムの巨体は、夜景色に煌々こうこうと浮かぶ大火球へと成り果てた。


「お嬢様ッ! 仕留めを!」

「はい! 不全ふぜん裁断さいだん!」


 追いついた少女は、駆ける勢いのまま、火球をち割った。

 三大妖さんたいようの胴体を、炎ごと、「かさがたな」で斬り抜いたのだ。

 ふたつに分けられた火球は、生物としては完全に死に絶えたのだろう、地上へ力無く落ちていく――。


(しまった! あのままだと!)


 追っているあいだに、美名たちはヨツホを抜け、山裾やますそ辺りまで来ていたらしい。このまま炎上するアヤカムが地上に落ちれば、山林火災になりかねない。

 だが、美名の懸念は無用だった。


浮揚ふよう!」


 燃え上がる残骸は、ふたつともが空中でぴたりと止まる。

 それらに平手をかざした姿のまま、動力の使い手が少女の横に並び浮かんできた。


「これはこのまま、この地に残していきましょう」


 言っている間に、また別の魔名術だろう、炎上のアヤカムは白もやに包まれた。それもすぐに晴れたあと、現れたのは、黒ズミと化したアヤカムの残骸。ふたつに断たれた、鳥としての見る影も残っていない残骸は、ゆっくりと、山林の隙間に落とされていった。

 それらが地上に降り立つまで見送った美名は、グンカに向き直る。


「お見事でした、グンカ様。あんなに強大な散雪鳥を、こんなにあっさりと……」


 「いえ」とグンカは首を振る。


「それを言うのなら、タイバ大師が先鞭せんべんをつけた甲斐があり、それさえも大元は、美名お嬢様が先んじて討伐され、アヤカムの性質を把握されていたがため。武功は美名お嬢様……、劫奪こうだつ大師にあります」


 パチパチと瞬きを繰り返す美名に小さく笑みを返すと、グンカは、今や遠くに離れたヨツホの方角へ顔を向けた。

 散雪鳥が見舞った「朱下ろし」は火事に発展したようで、ヨツホの町の空は、赤々と照らし上げられていた。

 

「戻りましょう。ハマダリン様が避難の陣頭指揮、他奮たふん術での救護をなさっているはずです。、我々も助太刀にいかなくては」

「はい」


 刀を鞘に納めた美名は、グンカとふたり、来た空を引き返していく。


「仕舞われないほうがよろしいかと」

「え?」

「散雪鳥や他のアヤカムがまだいるやもしれません。それはなくとも、使町中まちなかに残っている可能性もあります。お嬢様の宝剣を使う機は、


 言われて、美名はふたたび剣を抜く。


 散雪鳥を使役した者、レイドログ。

 投降勧告を聞き及んだのか、そうでないのか――いずれにしろ、なんとか穏便な解決策がないものか苦慮した美名たちを嘲笑あざわらうかのよう、宣告も前触れもなかった急襲。

 自身の「イヤな予感」とは、これだったのか。

 何故、こんなことを繰り返さねばならないのか。

 これで終わりか。終わってくれないのか。終わらせるためには――。


 目元と鼻元を拭い、飛びゆく美名。

 彼女の心中は、騒がしく揺れていた。



 延焼の危険が少ない開けた場所――近くの広場に続々と避難してくる住人ら。波導はどう大師と魔名教教主が並び立つ教会堂入り口からの光景は、にわかに騒がしくなっていた。

 ニクリは、人々のなかに、ネコの姿や今日知り合ったばかり――他奮大師の弟子の姿を見つけると、少しばかりの安堵を得ていた。

 一方の教主フクシロだが、彼女は燃える空を見上げ、立ちすくむ時間が長い。


「ニクリ大師。これが、レイドログ大師の返答ということでしょうか」


 消え入るような声音である。


ともがらを危険に晒し、たわむれのように魔名を奪っていく。これが、ヒトの為すことなのでしょうか」


 振り返るフクシロ。

 彼女の表情には思い詰めるような気配が強く、ニクリには何も答えることができなかった。


「『真名まな』や共栄の理想は、あまねくは伝わらりきらない、つたない夢想に過ぎないのでしょうか……」

「シロサマ……」


 哀しみと怒り。

 ニクリは、親愛の教主の心中しんちゅうに、激情が沸々ふつふつと生まれ出でるのを感じ取った。


「レイドログを極刑相当の咎人とがびととして認定、万事に優先して捕縛するよう、教会本部に動議をかけます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る