投降の勧告と返答 5

(やっぱり、散雪鳥さんせつちょうは、一体だけじゃなかった!)


 美名は、空を駆け、現場に急ぐ。

 目視するなかでは、炎や黒煙を横切って飛ぶ影――巨大な鳥の姿を、すでにとらえていた。


(でも、小豊囲こといにいたのなら、「包囲陣」を抜けて、どうやってここまでやってきたの?)


 聞き及んでいる限り、小豊囲の周辺を囲んだ「ラ行波導はどうの包囲陣」は、内部から出る者、内部へ入っていく者、その物音を聴きつける役割があり、聴きつけたのなら、ニクラを介して真っ先に連絡がくるはずである。四半刻ほど前、美名らが教会堂を出る間際まで、その連絡は来ていなかった。もとはアヤカム被害の殲滅のために仕掛けられるものだと言うのだから、あれほど巨大なアヤカムの羽音を聴き逃すとは思えない。

 この短いあいだに陣を抜けられてしまい、ヨツホまで急行してきたのだろうか。ならば、明良たちは無事なのか。自身が感じていた「イヤな予感」とはこれのことだったのか――。

 不安はとめどなく溢れるが、今はただ、これ以上の爆撃を起こさせないよう、アヤカムを食い止めねばならない――。


 急速で散雪鳥に向かう美名だったが、アヤカムの直下、キラキラと光が散り舞う光景――「光る雪」の幻想的ともいえる現象を捉えた。


(あれは、「あけろし」の前兆! マズい!)


 少女は、空を蹴る足にさらに力を込める。

 しかし、加速がついても、散雪鳥にはまだ遠い――。


(間に合わない!)


 歯噛みする美名だったが、向かう先の「光る雪」の光景に、ふと違和感を覚えた。

 「キラキラ」が、空中に

 まるで、があるかのよう、ヨツホの空のひとところを境にして、それより下に「光る雪」は落ちず、積もりだしているのだ。

 その異変に気付いていないのか、散雪鳥はカチリとくちばしを鳴らし、「光る雪」に着火する――。


ドォン


 爆炎が巻き起こった。それも、少女が幾度も目撃し、間近で食らいかけもしたものより、はるかにはげしい威力に見える。

 だがそれは、があった位置から上部のみ、天に向かって噴くように爆発は起きたのだ。

 それがゆえ、ヨツホの町に被害はなかった様子。逆に、仕掛けた側の散雪鳥自身が火に巻かれ、奇声の叫びがあたりに響く。

 不可思議な事態に思わず制止し、呆気にとられる美名は、爆炎の背景のなか、ポツンと小柄な影が浮遊していたことに気付き、近寄っていった。


「タイバ様!」

「おお、嬢ちゃんか」


 横に並んだ少女に、識者しきしゃの老大師は、ニヤリとしてみせる。


「今のは、タイバ様が……?」

「うまくやったじゃろ? かの雪……、どうも、なにがしかの金属の粉のようじゃったが、それが『朱下ろし』の正体だとはお前様から聞いとったからの。くうを固め、町中まちなかに降り落ちぬよう、とどめてやった。ついでに『爆炸はぜ』も仕込んで、倍のお返しをくれたわ。あのさまは、『朱下ろし』でなく『あけのぼり』じゃったの、はっは」


 事前に明かされていたとはいえ、それだけの情報で三大妖さんたいようの武器を完全に封じ込めてしまう、ナ行識者の筆頭。クミは、老大師の緊張感のなさを嘆いてはいたが、とんでもない。確かな判断と技巧。いまだ衰えを見せぬ実力。さすがの熟達への敬服を、美名は、ますます深めるのだった。

 しかし、一見しても、これだけで散雪鳥の息の根を止めてはいない様子。燃える火の鳥と化したアヤカムは、苦しみ悶えるようにふらつきながら、空域から離れていくようだった。


「タイバ様、逃げてしまいます!」

「あ、これ。嬢ちゃん!」


 言うや否や、美名は鼻から血を噴きつつ、散雪鳥を目掛けて飛んでいく。


「やれやれ。血気盛んなのはいいことじゃが、あれではまだ、追いつけんじゃろうて」


 タイバ師の予見どおり、美名と散雪鳥との距離は縮まらない。

 セレノアスールのときでさえ、相手が向かってくるのを利用し、そこに「重み」を加え、それでやっと「空中での優位」を得ていたのだ。いくらか弱まっているとはいえ、「空を駆けるアヤカムの頂点」、散雪鳥が逃げに徹すれば、生半可に追いつけるものではない――。


「じゃが、『居坂いさかの動かし手』ならば、どうかのう? ギアガンを継ぐ力量、あるかどうか、見せてみよ」


 散雪鳥を追う美名の横を、人影が、外套がいとう衣をはためかせつつ抜き去った。


「グンカ様?!」

「タイバ大師と連携とは、不本意極まります」


 ひとりごちるようなカ行動力どうりきの大師は、標的のアヤカムにじりじりと迫っていく。

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