投降の勧告と返答 4
「男の子と仲良くなるな、とは言わないわ。友だちは多いほうがいいしね」
「うん」
「でも、相手に気をもたせちゃうようなことばっかりはダメよ。カレシがいることは早目に、それとなぁ~く言っとくの」
「うん……。うん?」
「ソレが目あてだったら、あとは勝手にいなくなったりするから。そういうのとは友だちとしても付き合ってく必要ナシ! もちろん、おかしな行動に出てくるヤツはもっとダメ。斬ってヨシ!」
「う~ん……」
「変わらずに接してくれるヤツだけ、友だちとして大事にすべし!」
「……というか、なんのハナシなの、これ?」
夜になっても、ヨツホの町はおそろしく静かだった。ものものしい格好の守衛手と時折すれ違うくらいで、一般の住民とは出くわすこともない。
そんな静かな路地、他愛のない会話を続けながら教会堂へ向かう美名とクミだったが、ふと、美名の足が止まる。
「どうしたの?」
「この音……」
美名の尖るような耳に聴こえてきたのは、「ギィギィ」と甲高く、
(これは……ズッペル……。
少女が、ハッとしたときである。
「ドン」と、突然の轟音が辺りに響いた。
「なに、なにッ?! 何が起きた?!」
地面が揺れるようになって慌てふためいたネコは、その場に身を屈め、ますます小さくなる。
周囲の建屋からは、何事かと
「
少女は、人家の屋根上まで飛び上がる。
「やっぱり……」
紅い瞳に映ったのは、ヨツホの
まだ記憶にも新しい「爆撃」の光景である。
「なに、何なの? 美名!」
「
「えぇ?! セレノアスールの?」
「きっと、別のヤツよ! クミは、先に教会堂まで逃げてて!」
そう叫んだ美名は、刀を抜くと、クミの視界から飛び去っていった。
「ちょ、美名ぁ! 逃げろったって……」
クミは、周囲を見渡す。
爆音以前とはうって変わり、路地にはヨツホの住人らが溢れかえっていた。何が起きたのか、異変の現状そのものは立ち並ぶ建物が邪魔になっており、彼らも判別できない様子である。だが、判らないがため、いっそう
クミもまた、セレノアスールのことを思い出す。
あの夜、美名が飛び出していったあと、トキ
親とはぐれたのか、
あの夜、クミがもっとも恐怖したのは、プリムでも散雪鳥でもなく、間近に感じた人々の狂騒だった。
そして、この状況である。あの夜と同じことが、このヨツホにも迫っている。
非力なネコは、少女のようにアヤカムを討ちにいくことはできない。だからといって、自らの身の安全だけを考え、ひとり逃げる性格でもなかった――。
「落ち着いてください!」
小さなネコは、精一杯に声を張り上げる。
「私は、
叫ぶクミに、住民らが注目しだす。
「でも、ダイジョブです。大師サマが対処してくれます。私たちは慌てず、ゆっくり、ひらけたところに避難しましょう!」
努めて穏やか、言い聞かせるようにしながら、クミは眺め渡す。
ヒトの言葉を話す小さな獣という異様さが、むしろ良い方向に働いたのか、住民らは目に見えて落ち着きを取り戻しつつある様子。
(どこか……、みんなを安全なところに誘導しないと……)
訪れたばかりの町のため、妥当な避難場所がすぐに浮かばなかったが、まもなく、フクシロらと会議した教会堂のすぐ近く、広場があったことを思い出す。
あの広さであれば周囲で建物が倒壊し、埋もれる心配もない。
「教会堂で~す! ゆっくり、押さないようにしてね!」
クミは、避難先を呼び掛けながら人々のあいだを歩き回った。
「
「おじいちゃん、そんなの持ち歩くのタイヘンでしょ。命より大事な神サマなんていないんだから!」
「まろうどさまぁ、あくしゅしていい?」
「あとでゆっくりするから、今は、ほら、お母さんにちゃんとついてくの!」
そうやって取り乱すことのないよう、ひとりひとりに注意を払い、避難を促していると、ふと、じっと見られているような感じを覚え、クミは振り返った。
人々が進む波のなか、後方十数歩先、少し離れたところで立ちすくむ男。街灯の影に潜むようなこともあって
「そこのヒトも、行きましょう!」
クミが呼び掛けるも、男は背を向け、人々の進む方向とは逆に進んでいく。
その後ろ姿に、クミには思い当たる者があった。
(あの歩き方って……。キョライさん?)
ちょうど差し掛かった街灯の光に照らし出される姿は、白の外套衣と赤い頭髪。クミの記憶にあるキョライの髪色、服装とは全く違う。
だが、キョライに間違いはない。彼女の直感は確信にも近い。
「ちょ、キョライさ……」
「客人さま。皆のあとについていけばいいのでしょうか?」
「え? あ、うん。そう。そうです。って……。あれ?」
婦人から顔を戻したクミだが、キョライの姿が見当たらない。
しかし、見失う直前、クミは目撃していた。
彼の姿がふたたび光の陰に入った折、上からなにやら黒い影が降りてきたことを――。
(あれって、ズッペルよね……。キョライさんの肩に止まって……)
去来術の使い手と、使役の大師に随伴し、プリム大師を殺害していったというアヤカム。そして、機を合わせるような散雪鳥の再来。
この理解しがたい組み合わせ。
クミは、言い知れぬ悪寒に身震いした。
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