投降の勧告と返答 4

「男の子と仲良くなるな、とは言わないわ。友だちは多いほうがいいしね」

「うん」

「でも、相手に気をもたせちゃうようなことばっかりはダメよ。カレシがいることは早目に、それとなぁ~く言っとくの」

「うん……。うん?」

「ソレが目あてだったら、あとは勝手にいなくなったりするから。そういうのとは友だちとしても付き合ってく必要ナシ! もちろん、おかしな行動に出てくるヤツはもっとダメ。斬ってヨシ!」

「う~ん……」

「変わらずに接してくれるヤツだけ、友だちとして大事にすべし!」

「……というか、なんのハナシなの、これ?」


 夜になっても、ヨツホの町はおそろしく静かだった。ものものしい格好の守衛手と時折すれ違うくらいで、一般の住民とは出くわすこともない。

 そんな静かな路地、他愛のない会話を続けながら教会堂へ向かう美名とクミだったが、ふと、美名の足が止まる。


「どうしたの?」

「この音……」


 美名の尖るような耳に聴こえてきたのは、「ギィギィ」と甲高く、きしむような音――ではなく、。この特徴的な音を、セレノアスールでの事件を経た美名は、「鳴き声」であると認識していた。


(これは……ズッペル……。飛雨ひゅうせきの……)


 少女が、ハッとしたときである。

 「ドン」と、突然の轟音が辺りに響いた。


「なに、なにッ?! 何が起きた?!」


 地面が揺れるようになって慌てふためいたネコは、その場に身を屈め、ますます小さくなる。

 周囲の建屋からは、何事かとうかがうためか、顔を窓から覗かせ、玄関先に出てくる人々。静かな路地は、にわかに色めき立った。


奪地だっち!」


 少女は、人家の屋根上まで飛び上がる。


「やっぱり……」


 紅い瞳に映ったのは、ヨツホの町中まちなか、ふたりの居場所からは離れたところ。燃え盛る炎と、夜空を埋めるように立ち昇る黒煙だった。

 まだ記憶にも新しい「爆撃」の光景である。


「なに、何なの? 美名!」

散雪鳥さんせつちょうがいるわ!」

「えぇ?! セレノアスールの?」

「きっと、別のヤツよ! クミは、先に教会堂まで逃げてて!」


 そう叫んだ美名は、刀を抜くと、クミの視界から飛び去っていった。


「ちょ、美名ぁ! 逃げろったって……」


 クミは、周囲を見渡す。

 爆音以前とはうって変わり、路地にはヨツホの住人らが溢れかえっていた。何が起きたのか、異変の現状そのものは立ち並ぶ建物が邪魔になっており、彼らも判別できない様子である。だが、判らないがため、いっそうき立てられるのだろう、誰もが当惑の顔をしていた。

 クミもまた、セレノアスールのことを思い出す。

 あの夜、美名が飛び出していったあと、トキばあとヤヨイとで避難したとき、突然の炎上を目撃した人々は、歌劇への没入から一転、大混乱に陥った。どこに向かえばいいのか判らないまま、押しつ押されつの狂奔きょうほんに走った。

 親とはぐれたのか、おさの泣き叫ぶ声。飛び交う怒号。ヤヨイが支えていなければ、トキ婆は押し倒され、人波に呑まれたことだろう。事実、避難時にケガを負った者が、セレノアスールのときには幾人もいたらしい。

 あの夜、クミがもっとも恐怖したのは、プリムでも散雪鳥でもなく、間近に感じた人々の狂騒だった。

 そして、この状況である。あの夜と同じことが、このヨツホにも迫っている。

 非力なネコは、少女のようにアヤカムを討ちにいくことはできない。だからといって、自らの身の安全だけを考え、ひとり逃げる性格でもなかった――。


「落ち着いてください!」


 小さなネコは、精一杯に声を張り上げる。


「私は、客人まろうどのクミです! 今、この町に大変なコトが起きてます!」


 叫ぶクミに、住民らが注目しだす。


「でも、ダイジョブです。大師サマが対処してくれます。私たちは慌てず、ゆっくり、ひらけたところに避難しましょう!」


 努めて穏やか、言い聞かせるようにしながら、クミは眺め渡す。

 ヒトの言葉を話す小さな獣という異様さが、むしろ良い方向に働いたのか、住民らは目に見えて落ち着きを取り戻しつつある様子。


(どこか……、みんなを安全なところに誘導しないと……)


 訪れたばかりの町のため、妥当な避難場所がすぐに浮かばなかったが、まもなく、フクシロらと会議した教会堂のすぐ近く、広場があったことを思い出す。

 あの広さであれば周囲で建物が倒壊し、埋もれる心配もない。十行じっぎょう大師たいしの誰かもいてくれるだろうから、比較的安全だろう。


「教会堂で~す! ゆっくり、押さないようにしてね!」


 クミは、避難先を呼び掛けながら人々のあいだを歩き回った。


魔名まなだんは持ってったほうがいいんかね?」

「おじいちゃん、そんなの持ち歩くのタイヘンでしょ。命より大事な神サマなんていないんだから!」

「まろうどさまぁ、あくしゅしていい?」

「あとでゆっくりするから、今は、ほら、お母さんにちゃんとついてくの!」


 そうやって取り乱すことのないよう、ひとりひとりに注意を払い、避難を促していると、ふと、じっと見られているような感じを覚え、クミは振り返った。

 人々が進む波のなか、後方十数歩先、少し離れたところで立ちすくむ男。街灯の影に潜むようなこともあって顔貌かおかたちは判然としないが、長髪らしきこと、眼鏡がんきょうらしきものを身に着けていることは見て取った。


「そこのヒトも、行きましょう!」


 クミが呼び掛けるも、男は背を向け、人々の進む方向とは逆に進んでいく。

 その後ろ姿に、クミには思い当たる者があった。


(あの歩き方って……。キョライさん?)


 ちょうど差し掛かった街灯の光に照らし出される姿は、白の外套衣と赤い頭髪。クミの記憶にあるキョライの髪色、服装とは全く違う。

 だが、キョライに間違いはない。彼女の直感は確信にも近い。

 天咲あまさきの塔にて、地下を目指し、共に歩き進んだ仲間。先頭を行くキョライの後ろ姿を、クミは数日のあいだずっと見続けていたのだ。頭髪が違えど、装いが違えど、歩き姿が一致する。


「ちょ、キョライさ……」

「客人さま。皆のあとについていけばいいのでしょうか?」

「え? あ、うん。そう。そうです。って……。あれ?」


 婦人から顔を戻したクミだが、キョライの姿が見当たらない。去来きょらい術か人混みに紛れたか、ともかく、話しかけられ応じてる間に、あの長身が消えている。

 しかし、見失う直前、クミは目撃していた。

 彼の姿がふたたび光の陰に入った折、上からなにやら黒い影が降りてきたことを――。


(あれって、ズッペルよね……。キョライさんの肩に止まって……)


 去来術の使い手と、使役の大師に随伴し、プリム大師を殺害していったというアヤカム。そして、機を合わせるような散雪鳥の再来。

 この理解しがたい組み合わせ。

 クミは、言い知れぬ悪寒に身震いした。

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