投降の勧告と返答 3

「判ってはいたけど、どうにも緊張感のないヒトたちよね。十行じっぎょう大師たいしのみんな……、特に、タイバ大師とリィあたりは……」

「沈んでばかりもいられないからね。リィちゃんたちの元気は、こっちにも活力をもらえるみたいで、それがいいんだよ」

「そうねぇ」


 宿に向けて歩く道。ネコは、「ふぅ」と嘆息たんそくくと、声に張りがないように思える美名を見上げた。


明良あきらとは、あんなんでよかったの?」

「あんなんって?」

「ひさしぶりだっていうのに、ろくに話もしないで見送っただけになっちゃったじゃない。アイツもアイツで、『元気だったか』のひと言くらい、かけてもいいでしょうに」


 「う~ん」とうなりつつ、少女は、夜空を見上げるような格好になる。


「今は大変なときだからね」

「にしたって……」

「私は、あれで充分……。明良は、やっぱり変わらずに明良だったんだもん。教主様だろうと大師様だろうと、物怖じしないで意見を言って、やるべきことに真っ直ぐで。経緯は判らないけど、手もダイジョブだったみたいで安心した。少しも、何も変わってない……。私は、そんな明良を目の前にして、それがすごく嬉しかった。だから、充分だよ」

「はぁ……。そんなもんですか」

「あ、でも、またちょっと背が伸びてたかな? 私はさっぱりだから、あっちがあんまり伸びすぎると、首が痛くなっちゃったりするかもね」


(あらあら、まあまあ……。盛大にノロケてくれちゃって……)


 からかい癖の性根のため、ひとつ皮肉めいたものでも言いそうになったが、少女の顔色にまだかげりがあるように見えたクミは、別に言葉を探した。


「明良のことじゃなかったら、他に心配ごとでもあるの?」

「ン~……。そんなふうに見える?」

「見える、見える。喉に小骨がぶっ刺さったみたいな顔してる」


 「なにそれ」と小さく噴き出す美名だが、それも一瞬のことで、すぐに険しい顔つきに戻った。


「何か、イヤな予感がするんだよね」

「イヤな……? 使役しえき大師がすんなり投降してくるわけがない、みたいな?」


 この予感は、クミもずっと抱えていた。

 そもそも、この程度の勧告でレイドログがくだるようであれば、セレノアスールや小豊囲ことい、大都の領地を襲っていったのも、大した目算のない、気まぐれに近いものだったといえよう。それはあまりに浅はかで、あまりに愚か。犠牲になったヒトたちも不憫ふびん極まりない。

 クミは、レイドログという男を知り尽くしているわけではないが、彼もまた、ひとかどの実力者。十行じっぎょう大師たいしに昇るほどの才覚。すぐに懐柔ができると楽観視はできない。

 今、思い返してみれば、半年前の飄々ひょうひょうとした姿の裏では、すでに今回のことを目論んでいた可能性もあり、そうであったならひと筋縄ではくくれない、相当な曲者くせものである。

 「は必要になってくる」。クミにはその予感があった。

 しかし、美名が唸っている「イヤな予感」は、どうやらそれだけではないよう。


「何かを見落としてるような……。それのせいで、イヤなことが起きるような……、みたいな……」

「ハッキリしない言い方で、不吉なこと言ってくれるわね……」


 そうこうするうち、美名とクミは、ヤヨイが待機している宿にたどり着いていた。街道筋にある三階建て。大きな宿所しゅくしょである。



「ヤヨイさん。美名です」


 部屋におとないにいくと、他奮たふん大師の弟子は、すぐさま戸口に出てきてくれた。なぜかしら、浮足だった様子。

 しかし、美名が「帰還しろ」の言伝ことづてを伝えると、その様から一転、ヤヨイの顔は落胆へと変わってしまった。

 彼に何か声をかけてやるべきか、それとも、ハマダリンと彼とは師弟の間柄、門外の自分たちが必要以上に口出しすることではないとこのまま辞していくか、美名が迷っていたところ――。


「リン様は、『本気で成長する気概があれば』と仰ったんですよね?」


 何をか意志を固めたような顔で、ヤヨイが訊いてくる。


「私も、リン様のもとで学ばせてもらって長くなります。リン様がそう仰るときの指示や課題は、『逆を期待されている』場合が多いことも……」

「逆……?」


 「はい」と答えるヤヨイが迫るように身を寄せてきたものだから、さすがの美名もおおいにたじろいだ。


「どう思われますか?」

「どう……って?」

「リン様は私に、『残って経験を得ろ』と仰ってくれています! 私は、のお役に立てますでしょうか?!」

「ヤヨイさんが、の……?」


 まくしたてる勢いのせい、問いかけた者と受けた者とで齟齬そごが出ていることを、クミだけがひとり、気が付く。


(なんか、ヨイちゃん、ひとりで盛り上がってきてるけど、これ、じゃない……?)


「今まではリン様が期待されることにも腰が引け、避けてきたのがほとんどですが、もしもが求めてくださるなら、私は、私は……、奮起します!」


(ひゃぁ~……)


 見ていられない、聞いていられないとばかり、クミは、片肢かたあしで顔を覆った。


「ヤヨイさん」

「はい!」

「素敵な心意気だと思います。でも、『誰かが求めてくれるから』じゃなくて、『誰かのたすけになりたい』……。自分の心でそう決めるのがリン様が期待されてることだと思うし、私も、そっちのほうがもっと素敵だと思います」


(美名も美名で、そんな助長するようなこと……。マズいって、コレ……)


「そうですか? そう思ってくださいますか?!」

「はい。私の『よきヒト』も、そういうヒトですから」

「ッ?!」


(と思ったら、とんでもない方向からトドメ刺した?!)


「あ、あぁ~……。え、あ、なるほど……。美名さんの『よきヒト』も……」

「ヤヨイさんの心意気を伝えれば、リン様もきっと喜んでくれるはずです」

「そう……です……ね……」


 ニッコリとえくぼを浮かべる少女に、「あとで伺います」とヤヨイ。

 彼は、戸を閉めることも忘れ、室の奥へ、何かをひきずるような足取りで消えていくのだった。


(……同情するわよ、ヨイちゃん)


 美名とクミは、教会堂に引き返すことにし、宿をあとにする。



「美名は、とんでもないクラッシャーっぷりだったわね」

「また神世かみよの言葉? どういう意味?」

「知らないほうがいいよ」


 美名には、「リン様を想う心を少しは後押しできたかな」といった小さな達成感がある。クミは言葉を濁したが、「くらっしゃあっぷり」とは神世の褒め言葉なのかもしれない。そんなふうに考え、何気なく空を見上げた。

 しかし、あらためて星が瞬くのを眺めてみると、胸中にいまだ「イヤな予感」が消えず残っていること――少女は思い出すのだった。


 *


「はぁ……」


 寝台に座り、魂も抜け出るような吐息を漏らすヤヨイは、「コンコン」と叩く音に気が付く。

 少女らが戻って来たのかと重い腰を上げ、入り口に向かってみると、戸口の向こうに立つのは美名でなく、見知らぬ男だった。


「お目通り失礼します。戸が開かれたままでしたので」


 赤く長い髪を後ろでひとつに束ねた長身ちょうしん瘦躯そうく。魔名教会の関係である白外套衣を羽織り、腰には、ヤヨイの師であるハマダリンと似た形の曲刀をいている。


「……どちら様でしょうか?」


 ここまで師と意中の相手に従ってきただけのヤヨイも、さすがに直面している事態の重大さを思い出したのか、警戒心を呼び起こし、訊ねた。


「クミさんと懇意にさせていただいている、第六教区希畔きはん所属、ク・ジロウと申します。おふたりが伝え忘れたことをお届けに参りました」


 相手は、眼鏡がんきょうの下、頬に浮かぶ大きな縦傷を歪ませ、微笑ほほえみ返した。

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