投降の勧告と返答 2

『――ト・レイドログ。最後にあらためて申し上げます。どうか熟慮と英断をいただけますよう。貴方がなされたこと、失われた小豊囲こといの平穏、ともがらの旅路……。それらをかえりみ、慈悲や慙愧ざんきを示す意思がまだおありなのであれば、先ほどお伝えしたとおりの手段でご連絡いただけますよう。どうか、これ以上、居坂いさかの貴重な平穏を騒がすこと、なさいませんよう……』


 フクシロの消え入るような言葉尻で、二回目の勧告は閉じられた。


 レイドログへの勧告は、以下の手順で行われている。

 ここ、ヨツホの教会堂にいるフクシロの言葉を、まずは、ニクリ波導はどう大師が中継地点へ送る。このかんは、指向性の「ラ行・伝声でんせい」が媒介となる。ニクラの中継によってこれを範囲性に転換し、「包囲陣」の内部全体に伝える。

 波導大師の力量からすれば、ヨツホを含むさらに広い範囲への「伝声」が可能ではあるが、もしも相手の叛意はんいを刺激してしまった場合、教主の居所がどこにあるか知られないため、知られるのを遅らせるため、段階をとられている「ラジオ放送」なのである。


 半刻ほど前、すでに投降勧告の一回目は行われた。今回は、時をおいての二回目。

 だが、レイドログからの返答は、今回も――。


「シロサマ。ラァからはやっぱり、『何も聴こえてこない』って……」

「……引き続き、注意を払っていただけますようお伝えください」


 勧告のなかでは、レイドログに投降の意志があれば、その場にて金物かなものを四回叩くよう勧めている。ニクラは、中継のほかにも、それを聴き取る役割を担っていた。


「ラァはちゃんと聴き取れるの?」


 姉との連絡を終えたらしきニクリを見て、クミが訊く。


「『包囲陣』ってのも、ひとつの町どころじゃなくて、それなりの領域なんでしょ? 広いぶんだけ、いろんな音が聴こえてくるだろうし……」


 ニクリは、ムッと頬を膨らませた。


「ラァはすごいのん! クミちんは甘く見ないでほしいのん!」

「いや、甘くは見てないよ……?」

「魔名術習練の精確点は、ラァはいっつも『優秀』だったのん! 天咲あまさき塔でもラァが聴いてたキョライさんたちの会話が役に立ったのんね! リィとの『隣町のくしゃみ数え競争』でも、いっつも勝ってたのん!」

「なにそのワケわかんない競争……。どうやって答え合わせするのよ……」

「とにかく、ラァはすごいのん!」

「……うん、まぁ、その……。ごめんて」

「お詫びに、久しぶりに撫でさせてほしいのん!」


 ネコを撫ではじめると一転、満悦顔になったニクリ大師のおかげで、場の空気は少しだけ緩慢にされたが、つと、タイバ大師がしかつめらしい顔をフクシロに向ける。


「フクシロ様よ。期限を決めねばなるまいて」

「期限……」

「返答も得られんまま、ここで宣告ばかりしていてもなにも利益はでん。回数なり時刻なりの期限を定め、小豊囲の状況を知るために動くべきじゃろ」


 「すでにいない可能性もあります」とグンカ動力どうりき大師が言い添える。


「『包囲陣』が敷かれる前、あるいは、そのあとになんらかの手段で、陣のうちからはすでに脱しているおそれがあります。そうなると、この勧告もまさに無益。私も、次の動きを準備、想定しておくべきと進言いたします」

「ほう。お前様もわしと同じ、征討せいとう寄りの意見じゃったか?」

「……」

「無視をするんじゃない」


 そこで、これまでずっと瞑目するばかりだったハマダリンが、おもむろに席を立った。


「教主様。少し、話がある。奥に来てくれるか」

「なんじゃ? 話ならここですればよかろう。儂らにも聞かせられん密談か」

「邪推です、タイバ師。次に向けての話もしますが、主だった内容は私的なもの。いつまでも棚上げにしたままでは集中も散るから、この余白に時間をいただこうというだけです」


 ニクリに撫でられつつ、このやりとりを聞いていたクミは、「フクシロ様との確執を解消する気なんだな」と察した。


「承知しました。参りましょう、ハマダリン大師」

「それと、美名」


 ハマダリンに呼び掛けられた美名は、「はい」と答える。


「悪いが、言伝ことづてを頼まれてくれないか?」

「言伝……ですか?」

「宿に控えているヤヨイに、『帰り支度をはじめろ』と伝えてほしい。やはり、美名には『古代病』の兆候は一切出ないし、こちらは長丁場になるだろう。この件に、アイツの役どころはないことも確実だ」

「帰るって言っても……、ヤヨイさん、おひとりでですか?」


 美名は、タイバとグンカをちらと見遣った。

 その意図を察したのだろう、ハマダリンは「ひとりでだ」と付け加える。


「勝手についてきたのだ。大師がたの手をわずらわせてはいけない」

「でも、ここからだとセレノアスールまでは結構な距離が……」

「ヤヨイにこれから、本気で成長する気概があるのであれば、ひとりで帰ることになろうと、私のめいに背こうと、どちらであっても意味はある。ひとまず、よろしく頼まれてほしい」

「……判りました」


 少し判然としない他奮大師の言い方であったが、美名は言いつけを届けるため、席を立った。小さなネコが、「私も行く」と続く。


「リィも行きたいのん!」

「リィは大事なポジションでしょ。ここに残ってなさいな」

「のん……」


 しおれてしまった波導の少女をおいて、美名とクミのふたりは、すっかり夜気に包まれたヨツホの町へと出ていった。

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