投降の勧告と返答 1

 今日一日、冬にしては暖かな陽気をくれた日輪も、まもなく、山の向こうに落ちるであろう頃。

 明良あきらの姿は、夕焼けに染められた街道。馬のうえにあった。彼のあとに続いてくるのは、これもまた、それぞれに馬を駆る少女と男――ロ・ニクラとバリ大師である。

 教主フクシロから「投降勧告」の中継役を任された三人は、午前ひるまえにヨツホを出ると、一路、小豊囲こといに続く街道を北上してきたのだった。

 だが、小豊囲そのものに向かっているわけではない――。


「ニクラ!」


 馬上から横目を流し、少年は、波導の少女の名を呼ぶ。


「もう二刻以上は経つ! まで、あとどれくらいなんだ?!」

「そう急かさなくても、もうすぐ!」


 明良たちが目指しているのは、「包囲陣」。小豊囲を中心とした広大な一帯を囲うよう、複数の波導術者が配された環状警戒網である。

 この「包囲陣」には、内部の敵を攻撃する意図はない。主目的は、レイドログがたに陣をまたぐような動きがあった場合、いち早く察知することである。

 もともとは、広い規模でアヤカムを駆除する際、獲り逃しがないように用いられる手法であり、ヒト向けのものではない。それが今回で使われているのは、小豊囲陥落の報を受けた魔名教会側が、取り急ぎでできる対応がこの程度しかなかった、というだけである。


「明良くん。はやるのはよくないね」


 馬を横につけてきたバリは、少年に助言のようなものをくれた。


「最前もだ。はいけない」

「……アレとは、なにが、だ?」

「『皆で教主様の意向に従いましょう』ってなったのに、自分だけ、『小豊囲に乗り込んでもいいか』なんて許可をとろうとしたことだよ。誰も彼も、目を丸くしていた」

「……時間がないと感じたからだ。フクシロや美名……、俺を後押ししてくれたクミ。諸兄姉しょけいしにも申し訳ないとは思ったが、俺が勝手にゼダンと結んだ約束……。逆徒の投降をただ待つだけでは遅い、と……」


 行く先に顔を向けたまま、バリ大師は、ふっと笑ったようだった。

 彼は、片方の視界を失っているうえ、乗馬も久方ぶりだったらしい。はじめは覚束おぼつかない騎乗ではあったが、すぐに慣れた様子になっていた。


「『先走りするな』って言ってるわけじゃないよ。やるなら、『黙ってやれ』って言ってるんだ」

「……」

「そのつもりなんだろう? だからこそ、目標に近づけるこの任に名乗りを上げ、随伴に僕を指名した」


 ただならぬ会話には「聞こえてるよ」と割り込みの声があり、バリとは反対側、ニクラも明良のとなりに並んでくる。


「フクシロはしっかり見抜いてたわ。『明良くんが危険を冒さないように』って、わざわざ私に言ってきたくらい」

 

 バリは、教主の側近の言葉に渋面じゅうめんを作った。


「いやはや、恐れ入ったね」

「彼女は聡明だ。当然に推察できたことだろう。もとより、その愚考は、却下された時点で俺も捨てている。貴様を伴ったのは、なんてことはない。目を離せばいつ逃げるともしれないからだ」

「どうにも信用がないね」


 「それにしても」と明良は、少女に顔を向ける。


「信用といえば、フクシロとはうまくやってるようだな、ニクラは」

「……何が言いたいのかな?」

「言葉どおりだ。今、彼女とお前とのあいだに流れる雰囲気は、『烽火ほうか』のときからはまるで想像がつかない、お互いの信頼を感じさせるものだ。こちらが嬉しく思うほどに」

「……ただ、相談相手になってるってだけよ」


 言葉を濁すニクラだったが、つと何かに気付いた様子になると、これ幸いとばかりに「ほら」と声を出し、正面を向く。

 明良たちも目を向けてみると、向かう先、街道沿いの野原に簡易幕が張られており、そのすぐそばでは一頭の馬が草をんでいる。

 この任の目的地――「包囲陣」を形成するラ行波導術者の待機所に到着したのだ。


福城ふくしろ本部所属。守衛手司、ロ・ニクラ。『のシ』」

「第三教区砂畠すなはた所属、守衛手、ル・ネガサ。『さるのコ』」

「『のホ』」

「『たつのイ』。お入りください」


 符丁ふちょうの掛けあいがあったあと、三人が入った幕内には、ふたりの男女が控えていた。そのうちのひとり、女の術者は、座して瞑目し、平手を光らせている。

 彼女らは、「包囲陣」が敷かれて以降、ふたりで交代しながら外縁の一端を担い、不自然な音が境界を通らないものか、動く気配がないものか、集中を途切れさせることなく警戒しているのだった。


「ネガサさん。私たちのことは、聞いてるね?」

「はい。ラ行大師様から伝声でんせいをいただいております」


 男のラ行術者は、「ですが」と顔を曇らせる。


「この場からに伝声をかけたりして、その、ここは……」

「チッ、馬鹿ニクリ。ちゃんと説明したの……?」


 舌打ちを鳴らしたニクラは、ニヤと笑いながら、男ふたりに目線を流す。


「居所がバレて、危険が及ぶ心配をしてるなら問題ないよ。単独で敵首謀の首を取りにいこうとするくらい、腕に絶対の自信を持ったこの武芸者たちが守ってくれるって」

「はぁ……」


 気のない声を向けられ、明良とバリとは揃えるように眉をひそめた。

 そんなふたりを尻目に、波導の少女は、さらに幕内へと踏み入っていく。汗ばみするほどの陽気であったことに加え、暖石だんせきのある室内ではなおわずらわしいとばかり、着込んでいた羽織や襟巻えりまきを脱ぎ捨てると、「早速はじめよう」と意気込みをみせて座り込む。


「ニクリに『中継の準備ができた』って伝声を投げる。武芸者たちも、いいね?」

「ああ。無論だ」

「ひと休みもしないとは、次代じだいの担い手たちは活動的だね」


 明良とニクラから非難するような目を受けたバリは、そそくさと逃げるよう、幕の入り口から出ていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る