主戦と講和 2

「もったいない……?」


 ネコの言い方が判然としないことに、教主フクシロだけでなく、おおむねの者が茫然とする。


「……『人類の歴史は戦争の歴史』。神世かみよではよく聞く文句……


 少しうつむき気味のクミ。その静かな語り口に、みなは耳を傾けている。


「神世で歴史の勉強をすると、もうほとんどっていっていいくらい、『戦争』がでてきます。権力のため、独立のため、侵略のため、領土を拡げるため、国を統一するため……。どこかの百年を切り取っても、たぶん、戦争がなかった百年間なんてない。でも、居坂では、ここ数百年、大きな争いがないって聞きます。その理由は、私の頭では判ることじゃないけど、すごく貴重なことだと思うんです」

「貴重なこと……」


 顔を上げたネコは、みな耳目じもくを集めていることにあらためてたじろいだのか、パチパチと双眸そうぼうまたたいた。


「軍隊を組織して今回の対処にあたるってのは、私の感覚からすると、今後の……おんなじような事件や陰謀への抑止力として、必要になってくるかとも思います」

「……それでは、クミ自身の先ほどの言葉、明良あきらの意見とは食い違ってくるな」


 クミは、「違うんです」とハマダリンに首を振る。


「この感覚は、きっと、から。『神世にいたままの私だったら』っていうものです。徴兵制もなくて、戦争もなくて、身近な問題として捉えることもない、……、悪く言えば、『他人事』のような時代に育ったから……」


 小さなネコは、どこか遠くを見るような目になる。

 すぐそばの美名は、彼女の視線を追いかけた先、窓のそとの冬晴れの空に神世の母娘おやこの姿を見た気がした。


「学校で学んだことをちゃんと思い返してみると、軍隊が『他人事』になるまでのあいだには、いろんな問題があったんです。戦争があったし、クーデター……、軍が力を持ってるのをいいことに、政権転覆なんて事件も多くあった。そういった直接的なことだけじゃなくて、いろんな、いろんな問題が、たくさん……。それはきっと、人間の歴史が続いてく限り、ずっと続いてく。根本的なところが変わらない限り、完全に消えてなくなるものじゃない」


 窓のそとから目を戻したクミは、一同を眺め渡す。


「だから、特定の勢力が大きな軍事力を持ってない居坂の今は、とてもなんだと思います。もしも……、居坂がこのままの形で、理想論なだけかもしれないけど、『軍を持たない形』での平和を目指せるなら……。今回のことをすぐに解決するのに、今後の予防策としてもホントはそうするのが一番なのかもだけど、『できるだけ軍事力に頼らないで解決』……。その努力をしてみる。してみたほうがいいんじゃないかって……。居坂に生きる今の私は、そう思います」


 ぐるりとひととおり眺め渡したネコは、最後に、黒髪の少年をじっと見る。


「まあ、神世とか政治の話とか、ごちゃごちゃと細かいことを抜きにすると、明良のご立派な考えに共感しちゃってるだけなんですけどね」


 明良は、胸の詰まるような思いがした。

 この半年のあいだ、ゼダンという怪物を相手に回していたなかで固めた決意を――ときには自身でさえ、認識が足りていないのではと疑いたくなるような思いを、今、この場で認められたような気がしたのだ。


「話せませんか?」


 場違いに感激した内心をさとられまいと顔を落とす少年だったが、その耳に届いてきたのは、もの静かで麗らかな声音――久しぶりに聴く、「よきヒト」の声。

 美名が、教主フクシロに問いかけていたのだ。


「レイドログ様と話すことはできないのでしょうか。ゼダンを引き合いに出すのは少ししゃくですけど、レイドログ様にもなにか、私たちでも頷けるようなこころざしがあって、ゼダンの大都だいとや第九教区のように、ともがらのためにあらたな試みを考えてるのなら、和解できる可能性も……」


 「そうだのん!」と威勢よく追従するのは、ロ・ニクリ波導はどう大師。


「リィのところみたいに、ログちんは、州連合を作るつもりなのかもしれないのん!」


 「州連合」とは、真名まな宣布せんぷの折にフクシロが公言した「教区制廃止」に基づき、第九教区にて進められている改革のひとつ、居坂に生まれる新しい行政区分である。

 人口が数万の規模の町を中核とし、その周辺の村や町をひとつの「州」として定義。旧来の第九教区全体は、それら「州」の集合として、「州連合」へ名をあらためる。おおまかにいえば、自治領域を明確にし、細分化するといった変革である。

 この変革のもっとも特筆すべき点は、魔名教会自体が、「いっさい統治方針に関与しない」、「教会での権威や実績、魔名術の段位を政治的評価、登用にいっさい反映させない」と公言していることだ。これまで、公然の事実として各村各町の運営に携わってきた魔名教会が、社会的機能だけを残し、自治から手を引くと明言しているのである。

 当地での多少の混乱や教会内部からの反発もあるにはあるが、教主フクシロとニクリ大師、そして、彼女らの意見に賛同する者たちとで先導し、翌年の春頃の始動を目指して動いている改革案だった。

 

「ログちんのお話を聞いて、それが州連合なら、リィたちも協力できることがあるのん! それが一番だのん!」

「もちろん、セレノアスールやイリサワ、小豊囲こといで被害に遭ったヒトたちのため、レイドログ様には正当な贖罪しょくざいをしていただく必要があるでしょうけど」


 意気上がる様子の少女ふたりに、「被害が被害です」と暗い声を落とすのは、コ・グンカ動力どうりき大師。


「教戒に従えば、間違いなく、使役しえき大師レイドログは死罪となりましょう」


 そのひと言で少女ふたりの意気も下げられ、堂内はふたたび静まり返る。

 各々、なにをか考え込むようになったなか、つとハマダリンが、教主フクシロに顔を向けた。

 

「教主様は、どうお考えになられているか」

「私……ですね」

「そう、教主フクシロとしての意見だ。私たち、十行じっぎょう大師たいしとクミと明良とは、このとおり、個々の意見はあれど、教主の意向に力添えする意志においては一致する者たちだ。そうだろう?」


 同意を求めるように見渡すハマダリンに、タイバ大師だけがひとり、ロ・ニクラをチラリと見遣って「には過去に軽んじた前科はあるがの」と茶化したものの、あとはみな、一様に同意見であるらしい面持ちを教主に集める。

 それを受けた教主フクシロは、深く息を吸って瞑目めいもくしたが、やがて、自身の胸元に手を当てると、そのまぶたをゆっくり開く――。


「こちらからは、まず、投降を呼びかけてみましょう」


 教主フクシロは、毅然きぜんとして言った。


「レイドログ大師の今回の謀反には、衝撃と落胆、悲嘆の念しかありません。ですが、美名さんが仰られたとおり、彼に目指すところがあり、それが居坂に寄与するものであれば、無下にしたくはありません」

「それは、『真名』に添った理念となるのだろうが、罪を犯した者を生かし、犠牲になった輩の無念を無下にする。そういうわけではありませんね?」

「当然です。レイドログ大師は処断。私の意向でも、それはくつがえりません。だとしても、言い分も聞かず、真実の究明をせず、怒りに任せて処断することはいたしません。仮に、レイドログ大師に非道をせざるを得ない、納得すべき理由があれば、それを減刑の余地とします。そうならずとも、彼の志を聞き届け、そこに拾うべきものがあれば、当人が魔名返上やむなしといえど遺志として受け継ぎ、今後の変革にとりいれて居坂に残していければと考えます」


 ハマダリンは、胸がすくような思いに駆られた。

 ハッキリと叛逆者の処遇を断言する教主。それだけでなく、血気に逸るハマダリン自身を戒めるような物言い。

 物怖じの気質が強く出ていた以前では見られなかった威厳の姿に、大師自身はそうとは知らないが、まるで、自身の子の成長を間近に見たような感慨を覚える。


「今回の件の解決のため、魔名教会に守衛手以上、十行大師以上の武力を持つことは、明良さんが危惧されること、クミ様のご意見をみても、この一度の会議だけで決定するには早計だというのは皆様も頷くところでありましょう。論を重ねる意義はありますが、今は、それだけの時間も惜しいところ。ハマダリン大師が仰るとおりです。この会議においては、レイドログから大師格を剥奪し、投降を呼び掛けることを決定として、すぐに動きだせればと望みます。それと同時に、呼びかけが無為となった場合のため、次なる対応策の準備も進めてまいりましょう」


 教主フクシロは、一同に向け、机上に顔をつけんばかりに平伏した。


「皆様、ご尽力をたまわりたく願います」

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