意地と拳 2

 土石の牢を斬り崩し、やっとのことで脱け出したオ・バリは、自身を中心とした十数歩分ほどの領域、囲むように炎が猛っているのを隻眼せきがんに映す。次いで、炎の壁を背にし、自らをじっと見据えてたたずんでいる少年にも気が付いた。


「『石動いするぎ』と『焱火えんか』の動力どうりき魔名術……。必殺でなく、もっぱら捕らえることにだけ執心するような使い方だ。ゼダンにしては遠回しだね、明良あきらくん?」

「ゼダンは、この場にはいない」

「なら、君がこの罠を張ったのかい? 君が陥穽かんせいを企むはずがないという僕の予想は、外れたわけか」


 「いい加減にしろ」と明良は、附名ふめいの大師に刀を向ける。


「身に染みたはずだ。ヤツに貴様を相手する気など、初めからない。ただ武芸のみを頼りに挑んだ結果、ゼダンどころか、こんな小僧にさえ追い詰められている現状だ」

「……」

「片目を失い、左の腕にも傷を負い、得意の居合いあいも、『合わせづつ』のない今となっては以前ほどの精彩せいさいがないだろう。貴様がなすべきことは、もはや復讐などではない」


 明良は、突きつけた刀を鳴らし、白刃の先のバリを睨みつけた。

 

「いい加減、ひねくれるのをやめろ。ひとりで引きこもるのをやめろ。早くトバズドリから出てこい。貴様が身を置くべき場所は、あの居心地のいい島でも、復讐のみちでもない」


 相対あいたいする剣士の隻眼。それが、自身の背後に向けられたことに明良は気が付いた。相手の動きに注意を払いつつ振り返ってみれば、炎の壁のこちら側、褐色の少女がいる――。


「ローファ……」

「ああ、構わないで。続けて、続けて!」

「『続けて』って、お前というヤツは……」


 ふたりのやりとりに、バリが「あっはっは」と笑い上げた。


「そのがカ行の術者ってことかい? なるほど、その歳格好でこれだけの炎を作れるなら、ギアガンさんにも匹敵する怖ろしい才覚だ」

「……違う。コイツはヤ行だ」

「なら、この炎は動力でなく、マ行の魔名術ってことになるのかな? そのヤ行のお嬢さんは、こともなげに通り抜けてきたね」

「……幻燈げんとう術と侮り、同じようにして通り抜けて逃げるつもりなら止めた方がいいぞ。この炎は、当代随一の動力術者が誇る、紛れもない猛火だ。コイツはだ」

「逃げる気などないさ」


 静かにそう言うと、バリは刀を脇に引き、構えをとった。鞘に納められてはいないが、明良も何度となく目にした、居合のそれに近い構えである。


「君を倒し、マ行かカ行、どちらでも構わないが、その後に現れるだろう術者をも倒し、この場を斬り抜ける。そのために今の僕が頼れるのは、いかに精彩を欠こうと、この武しかない」

「……判らないヤツめ。万が一にでもコイツに手出ししたら、貴様を許さんからな……」

「それもしないさ」


 明良が「下がっていろ」と顔を向けたところ、ローファのすぐそばへ、コ・グンカが降り立ってきた。

 彼の顔貌かおかたちはもとから心情を読み取りづらいものだったが、少年に向けてきたその顔に、今は面目めんもくなさそうな気色けしきをおおいににじませている。

 それで予想がつくが、グンカ大師は、炎の囲いの内部なかに入っていこうとする少女を制止してくれたのだろう。だが、「魔名術が効かない」、「ふたりに力尽くで引かれても微動だにしない力」をいいことに、ローファは、決闘の場に入り込んでいった。そのため、グンカ師は上空を迂回して駆けつけてくれたのだ。緊迫の気勢を削ぐような、あまりの奔放ほんぽうさである。

 だが、明良にはこの少女の奔放さがいい方向に働いたのか、死線の予感に自覚なく緊張していた気分を、少しばかり落ち着けることができた。

 明良は、「ローファの安全」を図ってくれるよう、動力大師に目線を送る。グンカも頷いて返してくれる。

 復讐者に向き直った少年は、自らも「幾旅金いくたびのかね」で上段構えを作った――。


「行くぞ。卑小ひしょう極まる十行じっぎょう大師」

「来なよ。仇敵におもねる少年」


 炎が囲う決闘場。少女と動力大師とに見守られるなか、まず仕掛けていったのは明良だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る