焦土の新興地と褐色の少女 5
中庭を目指しながら、
(
これまでも「大都の軍備」を巡ってゼダンと言い争ったことはあるが、いずれのときも、少年と大都王とのあいだには決定的な差があった。それは、ゼダンは「軍」を知っており、明良は知らないという点である。
無理もないことではあった。魔名教会による専一統治のもと、長らく
だが、ゼダンの「歯止め」となる役目でそれではいけないと考えた少年は、王宮殿にある蔵書を
それでも、少年は断言できる。
「大都に――どの都市だろうと、軍を置いてはならない」。
文献に残る「大戦」の言葉は、たったの二文字。だが、その二文字には軍と軍が衝突した史実が内包されている。幾千、幾万のヒトが倒れた悲劇がある。「軍」と「戦争」とは不可分なのだということを、明良は学んでいた。
(ヤツのことだ。迅速に動いてくるのは間違いない。あの態度がそらとぼけていたもので、すべてヤツが仕組んだものだったとしたら、
泰平の居坂に「戦争」を呼び込みうる「軍」の再誕。
たとえ、自衛が目的だろうと、すでに正体不明の軍が存在していようと、自身の
(
決心を固め直した少年の姿は、神学館の施工区画を抜けて、開けたところに出ていた。
これまで歩いてきた道には、積雪の下、石畳の感触があったが、白
「ここが神学館の中庭か……?」
風雪のために視界は通りづらいが、中庭はかなり広いらしい。崩れた壁面も粉砕された
足元を見やれば、前に進んだ足跡がいくつもあった。先行した特務隊のものだろう。
さらに歩を進めていくと、明良の眼前、ふいに、急
「明良隊長!」
「アナガ。イリサワの生存者は?」
「この幕のなかです。
「……お帰りになられた」
決して広いとは言えない幕舎内、中央では
(昨日の今日だ。イリサワ襲撃の衝撃が、よほど強かったと見える……)
生存者の様子をひととおり眺め渡していた明良は、足を抱えて座り込む、ひとりの少女に目を留めた。いや、留めさせられた。
暖石の灯りに照らされて金にも銀にも輝く、クセ毛の長い髪。他の者の生気のなさとは違って、褐色の肌には
惹かれたように目を離せない少女の姿に、明良の口からは思わず、彼のよく知る名が
「美名……?」
声を出したためか、幕の入り口に
彼女はやはり、笑っているようだった。つややかな頬に、くっきりとしたえくぼが浮かんでいる。
動揺か、明良は反射的に手を離してしまった。向けられていた笑みは、垂れ幕の向こうに消えていく。
「どうかされました? 隊長」
「いや……。なんでもない」
平静を取り戻そうと、明良は、冷える空気を大きく吸い込んだ。
(……美名じゃない。ただ、似ているというだけだ。ここに、美名がいるわけない……)
ようやくに
「
「……休息?」
「半刻ばかり、休息をとるんだ。詰めれば、この幕内でも入れるだろう。休めたあとは隊をふたつに分ける。ひとつは埋葬。もうひとつは、生存者たちを近くの村まで送りにいく」
「は、はぁ……。ですが……」
言い淀むアナガを置いていくように、明良はふたたび、雪の景色のなかに歩み出していった。
「ちょっと、明良さん。どこ行くんですか? 休憩じゃないんですか?」
振り返った明良は、「俺はいい」と断る。
「皆は休んでくれ。その合間に俺は、犠牲になった者たちの遺骸を探しに行く。なぜかここまでひとりも見当たらなかったのは、どこかに集められているのか……」
「いえ……。そうじゃないみたいですよ」
そのとき、折良く風雪が弱まったため、明良の目には幕舎の奥の景色が飛び込んできた。
それは、雪原にいくつも十字の墓標が並ぶ光景だった。
「これは……?」
「埋葬は、もう殿上がなさってたみたいですよ」
「なんだと……?」
神学館の中庭に作られた墓園は整然としており、美しささえ感じられた。
少しの狂いもなく等間隔に置かれ、近くまで寄らなくとも判るほど丁寧に造られた墓標。ひとりひとりに献花献灯用の台まで
「幕のなかの者たちが言うには、昨日一日、殿上がこの数をひとりで造ってたみたいです。魔名術でしょうかね。すごいですよね」
延々と並ぶ十字の数は、一見するだけでも二百を超えている。
たとえ、ゼダンの魔名術であっても、これだけ整えられた埋葬を容易にできるものではない。雪降るなか、ひとりひとりを
「ヤ、ヤツが……、予め用意して……」
しかし、明良の口からは、その先がどうしても出てこない。
少年のなかで、「イリサワ壊滅」がゼダンの自作自演であったとの疑いは、雪が
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