焦土の新興地と褐色の少女 6

貴方あなたは見ていないか? なにか、記憶に残っているようなものはないか? イリサワを襲撃していったヤツらの特徴とくちょうを……」

「知らねぇよ」


 明良あきらに問いかけられ、男は、突き放すように答えた。


 少年は、生存者らに話を聞いて回っていた。目的は当然、この惨事さんじを引き起こした「軍勢」の正体に迫るためである。

 しかし、七人目の男に至るまで、有益な情報は一切得られていない。少年がたずねても、無言でいるか、錯乱じみて意味不明なことを言うか、この男のように、苛立ちをにじませて拒否するのである。

 これまでの明良は、相手に答える気がない、答える気力がないと判ると、それ以上は追求しなかった。だが、生存者八人のうち、すでに七人目である。さすがに、収獲がないことに焦りを感じていた。

 

「なんでもいいんだ。どこからやってきて、どっちの方面に消えていったか。些細ささいなことで……」

「うるっせぇよ!」


 片足の膝から下を失くした男は、少年を怒鳴りつける。


「あのときにはいなかったくせに、遅れてやって来て、しつこいんだよ!」

「……それは……」

「ガキのくせに、王サマの配下でいい暮らししてんだろう?! こっちは、故郷の村では食っていけねえからって稼ぎに出てきて、やっと払いのいい仕事にありつけたと思ってたのに、コレだ!」


 これまで明良が話しかけた生存者はみな、揃えたように同じ色のなが穿きを身に着けている。そのためにうすうす察してはいたが、やはり、生存者の多くは、「神学館」建設のためにイリサワにやってきた労働者であるらしい。


「ろくに魔名術も使えない! 稼ぎ口の伝手つてもありゃしない! それでこんな足になっちまって、俺はこれから……、どうしろって……」


 次第に涙声になり、うつむいていく男に、明良は、かける言葉が見つからない。

 今、どれほど慰めの言葉を尽くそうと、この男に届くことはないだろう。彼に必要なのは、詰問することではなく、時間と休息であったと、明良は自らの焦燥に恥じ入った。

 それでも、少しでもいたわりの心が伝わればと、少年は、震える男の肩、静かに手を置く。


「隊長」


 声を掛けられ、明良は背後に振り返る。

 やりとりを少しばかり聞かれていたのだろう、幕舎の入り口から、アナガが沈痛な面差しをのぞかせていた。


「グンカ動力どうりき大師との連絡が終わりました」

「……そうか」


 これより少し前のこと、休息を終えた特務隊の面々に、明良はいくつか指示を出していた。

 まずひとつは、イリサワ村の巡回である。

 時刻も正午に近い頃合いになり、降雪も風もいくらか弱まってきたのを機と見た明良は、特務隊のなかから三人組をみっつ作り、見回りに出した。遺体がほかにないか。「軍勢」の足跡そくせきを見つけられやしないか。オ・バリの気配がないものか――。

 指示のふたつめは、生存者搬送の準備。

 これは、できるだけ平易に歩ける経路確認と、村内に残ったものを活用しての担架たんかや補助杖の作成である。嘆き崩れた男だけでなく、自立しての歩行が難しそうな者は、あと三人いた。

 そして最後の指示は、動力大師コ・グンカへのラ行伝声でんせい連絡である。


「グンカは、なんと言ってきた?」


 幕舎の入り口まで寄っていき、明良は小声で訊ねる。


「これより半刻以内に、霞月かすみづきとうげに来てほしいと」

「霞月峠……? この近辺にある峠か?」

「いえ、私もオッタもここらには不案内なので……。すみません……」

「なにも謝ることではない。グンカは、霞月峠がどこにあるのか、正確なことを言っていなかったのか?」


 アナガが首を振ったので、明良は、彼の奥に控えるラ行波導はどうの女隊員にも目を向けた。


「オッタ。今は、グンカからの伝声は来ているのか?」

「いえ……。端的にそう告げてきただけで……、今はもう……」

「くそっ……」


 歯噛みする隊長に、アナガは「それだけでなくて」と物怖じするように続けてきた。


「その峠には殿上てんじょうひとりで来い、とも言ってきてます。もう、殿上てんじょうは大都に帰ったと返しても、その一点張りでして……」

「それは、俺がなんとかする。見知らぬ仲ではない。問題は、霞月峠の場所だが……」


 明良は、背後の幕舎内部に振り返った。

 生存者のなかに地元の者がいればと考えたのだが、振り返ったところで少年は、またひとつ歯噛みした。大方の者が同じ長穿きを身に着けている。もともと、彼らは余所者よそものなのだ。霞月峠がどこにあるか、知っていないかもしれない。


「ねえ」


 深刻な顔の少年に、呼び掛ける者があった。

 明良の視界の端で座り込む少女である。


「私には聞いてくれないの?」

「……」

「最後は私だよね? 心待ちにしてたんだよ?」


 生存者八人の最後のひとり。褐色肌の少女。

 明良には、この少女が少し不気味だった。


 他の生存者が自棄やけになっているようだったり、茫然ぼうぜんとした様子であることは判る。不明の軍勢により突如として危機にさらされ、おおいに恐怖したことだろう。すさんでしまうのも心情として理解できる。

 だが、この少女は終始、うすら笑みなのである。えくぼを浮かべ、少年の姿をその紅い目で追ってくるのである。他の者に軍勢について訊いて回っているあいだも、ずっと――。

 それだけでも不可解で不気味だが、加えて、美名に似ているという偶然がある。

 少年はなぜかしら、それが一番怖かった。「よきヒト」の面影をその褐色の少女に見てしまいそうで、それがとてつもない罪悪のように思え、意識しないよう、できるだけ視界に入れないように努めていたのだ。事情を聴き取るのを最後にしていたのにも、ここに理由がある。

 しかし、ここに至り、相手の方から声をかけられてしまった。


「ねえ、隊長。聞いてくれてる?」

「……君に隊長と呼ばれる所以ゆえんはない」

「じゃあ、名前を教えてよ」


 少しだけ意を決するようにして、明良は相手を正視した。

 大きな赤い瞳。少し尖ったような耳。頬に作ったえくぼ。

 それらすべてをそなえた麗顔れいがんを、真正面にとらえた。


(やはり……。「どこか似ている」どころじゃない。まるで、本当にアイツが……)


 少年の視線を受け、少女は笑みを深めたようだった。


「ねえ。名前、教えてくれないの? 私にもいろいろ聞いてよ」

「……君は、霞月峠という場所を知ってるか?」


 褐色の少女は、他とは違う装いだった。揃いの色の長穿きでなく、見てるこちらが寒気を感じるくらいに短いした穿き姿。ももを露わにした格好である。

 この少女は労働者でなく、イリサワの者かもしれない。

 明良のその予想どおり、相手は「知ってるよ」と返してきた。

 

「そこまでの道順を教えてくれるか? ひとまずはそれだけでいい」

「案内してあげるよ」


 少女はそう言うと、やおら立ち上がる。

 見たところ、彼女には軍勢襲来時に受けた傷はない様子。すらりと伸び上がった立ち姿に「美名よりは明らかに背が高い」という違いを見つけて、明良は場違いにも小さな安堵を感じた。


「案内……? いや、危険だから、道順を教えてくれるだけでいい」

「いいから、ね。遠慮はご無用」


 気楽な声音の少女は、幕舎の入り口までやって来ると、明良の手を引き、外に連れ出してしまった。


「おい?」


 戸惑う少年を引きずるようにして、少女はどんどん歩いていく。


「ちょ……、おい! 何してる?!」

「聞こえてたよ。すぐに行かないといけないんでしょう? ほら、行こうよ」

「おい、止まれ。止まれ……。くそ、強引すぎる……」


(さすがに性格まで似ているわけではないか……)


 引きずられながらも、明良はまたひとつ安堵めいたものを感じた。


「隊長。私たちは……?」


 追いすがってきた手下てかが、指示を仰ぐ。


「アナガ、オッタ。ついてこなくていい。お前たちはここで待機して、俺の代わりにみんなから報告を受け、まとめておいてくれ!」

「え、あ……、はい」

「もし、不穏な気配や不測の襲撃があれば、彼らを守りつつ、撤退に努めろ。バリが現れたとしても関わるな!」

「はい!」

「二刻以上が経って、それでも俺が戻ってこなければ、先に隣村に行っていい!」

「了解です! 隊長には『よきヒト』がいるんですから、その子に変なコト、しないでくださいね!」

「くッ……? あとで覚えておけ、アナガ!」


 喝を入れる少年ではあったが、女の子に引きずられる格好では、威厳など、少しも伴うものではない。どころか、少女に翻弄ほんろうされ、あわてふためく姿は、自分らより年少の上役うわやくにはあまり見られない姿である。 

 非常の任務中ではあるが、アナガとオッタのふたりに、こみあげてくる笑いを抑えることはできなかった。

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