焦土の新興地と褐色の少女 6
「
「知らねぇよ」
少年は、生存者らに話を聞いて回っていた。目的は当然、この
しかし、七人目の男に至るまで、有益な情報は一切得られていない。少年が
これまでの明良は、相手に答える気がない、答える気力がないと判ると、それ以上は追求しなかった。だが、生存者八人のうち、すでに七人目である。さすがに、収獲がないことに焦りを感じていた。
「なんでもいいんだ。どこからやってきて、どっちの方面に消えていったか。
「うるっせぇよ!」
片足の膝から下を失くした男は、少年を怒鳴りつける。
「あのときにはいなかったくせに、遅れてやって来て、しつこいんだよ!」
「……それは……」
「ガキのくせに、王サマの配下でいい暮らししてんだろう?! こっちは、故郷の村では食っていけねえからって稼ぎに出てきて、やっと払いのいい仕事にありつけたと思ってたのに、コレだ!」
これまで明良が話しかけた生存者は
「ろくに魔名術も使えない! 稼ぎ口の
次第に涙声になり、
今、どれほど慰めの言葉を尽くそうと、この男に届くことはないだろう。彼に必要なのは、詰問することではなく、時間と休息であったと、明良は自らの焦燥に恥じ入った。
それでも、少しでも
「隊長」
声を掛けられ、明良は背後に振り返る。
やりとりを少しばかり聞かれていたのだろう、幕舎の入り口から、アナガが沈痛な面差しをのぞかせていた。
「グンカ
「……そうか」
これより少し前のこと、休息を終えた特務隊の面々に、明良はいくつか指示を出していた。
まずひとつは、イリサワ村の巡回である。
時刻も正午に近い頃合いになり、降雪も風もいくらか弱まってきたのを機と見た明良は、特務隊のなかから三人組をみっつ作り、見回りに出した。遺体がほかにないか。「軍勢」の
指示のふたつめは、生存者搬送の準備。
これは、できるだけ平易に歩ける経路確認と、村内に残ったものを活用しての
そして最後の指示は、動力大師コ・グンカへのラ行
「グンカは、なんと言ってきた?」
幕舎の入り口まで寄っていき、明良は小声で訊ねる。
「これより半刻以内に、
「霞月峠……? この近辺にある峠か?」
「いえ、私もオッタもここらには不案内なので……。すみません……」
「なにも謝ることではない。グンカは、霞月峠がどこにあるのか、正確なことを言っていなかったのか?」
アナガが首を振ったので、明良は、彼の奥に控えるラ行
「オッタ。今は、グンカからの伝声は来ているのか?」
「いえ……。端的にそう告げてきただけで……、今はもう……」
「くそっ……」
歯噛みする隊長に、アナガは「それだけでなくて」と物怖じするように続けてきた。
「その峠には
「それは、俺がなんとかする。見知らぬ仲ではない。問題は、霞月峠の場所だが……」
明良は、背後の幕舎内部に振り返った。
生存者のなかに地元の者がいればと考えたのだが、振り返ったところで少年は、またひとつ歯噛みした。大方の者が同じ長穿きを身に着けている。もともと、彼らは
「ねえ」
深刻な顔の少年に、呼び掛ける者があった。
明良の視界の端で座り込む少女である。
「私には聞いてくれないの?」
「……」
「最後は私だよね? 心待ちにしてたんだよ?」
生存者八人の最後のひとり。褐色肌の少女。
明良には、この少女が少し不気味だった。
他の生存者が
だが、この少女は終始、うすら笑みなのである。えくぼを浮かべ、少年の姿をその紅い目で追ってくるのである。他の者に軍勢について訊いて回っているあいだも、ずっと――。
それだけでも不可解で不気味だが、加えて、美名に似ているという偶然がある。
少年はなぜかしら、それが一番怖かった。「よきヒト」の面影をその褐色の少女に見てしまいそうで、それがとてつもない罪悪のように思え、意識しないよう、できるだけ視界に入れないように努めていたのだ。事情を聴き取るのを最後にしていたのにも、ここに理由がある。
しかし、ここに至り、相手の方から声をかけられてしまった。
「ねえ、隊長。聞いてくれてる?」
「……君に隊長と呼ばれる
「じゃあ、名前を教えてよ」
少しだけ意を決するようにして、明良は相手を正視した。
大きな赤い瞳。少し尖ったような耳。頬に作ったえくぼ。
それらすべてを
(やはり……。「どこか似ている」どころじゃない。まるで、本当にアイツが……)
少年の視線を受け、少女は笑みを深めたようだった。
「ねえ。名前、教えてくれないの? 私にもいろいろ聞いてよ」
「……君は、霞月峠という場所を知ってるか?」
褐色の少女は、他とは違う装いだった。揃いの色の長穿きでなく、見てるこちらが寒気を感じるくらいに短い
この少女は労働者でなく、イリサワの者かもしれない。
明良のその予想どおり、相手は「知ってるよ」と返してきた。
「そこまでの道順を教えてくれるか? ひとまずはそれだけでいい」
「案内してあげるよ」
少女はそう言うと、やおら立ち上がる。
見たところ、彼女には軍勢襲来時に受けた傷はない様子。すらりと伸び上がった立ち姿に「美名よりは明らかに背が高い」という違いを見つけて、明良は場違いにも小さな安堵を感じた。
「案内……? いや、危険だから、道順を教えてくれるだけでいい」
「いいから、ね。遠慮はご無用」
気楽な声音の少女は、幕舎の入り口までやって来ると、明良の手を引き、外に連れ出してしまった。
「おい?」
戸惑う少年を引きずるようにして、少女はどんどん歩いていく。
「ちょ……、おい! 何してる?!」
「聞こえてたよ。すぐに行かないといけないんでしょう? ほら、行こうよ」
「おい、止まれ。止まれ……。くそ、強引すぎる……」
(さすがに性格まで似ているわけではないか……)
引きずられながらも、明良はまたひとつ安堵めいたものを感じた。
「隊長。私たちは……?」
追いすがってきた
「アナガ、オッタ。ついてこなくていい。お前たちはここで待機して、俺の代わりにみんなから報告を受け、まとめておいてくれ!」
「え、あ……、はい」
「もし、不穏な気配や不測の襲撃があれば、彼らを守りつつ、撤退に努めろ。バリが現れたとしても関わるな!」
「はい!」
「二刻以上が経って、それでも俺が戻ってこなければ、先に隣村に行っていい!」
「了解です! 隊長には『よきヒト』がいるんですから、その子に変なコト、しないでくださいね!」
「くッ……? あとで覚えておけ、アナガ!」
喝を入れる少年ではあったが、女の子に引きずられる格好では、威厳など、少しも伴うものではない。どころか、少女に
非常の任務中ではあるが、アナガとオッタのふたりに、こみあげてくる笑いを抑えることはできなかった。
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