焦土の新興地と褐色の少女 4

 少年は、相手を睨みつけたまま、おもむろに刀を抜いた。


「ふむ……。やはり、貴様ならばそう来るか」

「軍備を始めれば、俺や魔名教会が黙っていないと……、何度も言っただろう?!」

「このイリサワを見て、よくも悠長ゆうちょうなことを言っていられるものだな」


 ゼダンと明良あきらとは、お互い、今にも斬りかからんばかりに視線を戦わす。

 

「軍とは、自らを守るためにあるものだ。外敵から国土を守るためにあるものだ。大都だいと圏の領地がおびやかされた以上、民心を落ち着かせるためには、近衞や警護隊などといった小規模な守備ではなく、厳密な自衛策が必須となる」

「そう言って……、いずれは軍を侵略に使う気じゃないのか?」

「ならば、及ぼされる害には甘んじろと都民らを説得してまわるか? 貴様が」


 ギリギリと歯軋はぎしりを鳴らす少年を鼻で笑うと、ゼダンはふいに、その身を宙に浮かせた。


福城ふくしろに報せたければ報せるがいい。この村のことを含めてな。であれば、あるいは、矮小わいしょうに正義を気取る小僧よりも話が判るかもしれん」


 徐々に浮き上がっていくゼダン王に「待て」と制止をかけると、明良は、刀の切先を突きつける。


?」


 ゼダンの眉が、ピクリとひそめられる。


「貴様が、軍編成の口実を得るため、このイリサワを襲撃させたんじゃないだろうな? 外敵の仕業に見せかけ……、クシャと同じように!!」


 少年が突きつけた切先は、あまりの怒りのため、かすかに震えていた。


 言質げんちは取れていないが、ホ・シアラとゼダンとの関係、仇敵である去来きょらい大師の発言をつぶさに思い起こせば、「クシャの災禍」を指示したのはゼダンであるとの確信を、明良はすでに持っていた。加えて、「魔名解放党」を扇動しての「福城事変」。モ・モモノ幻燈げんとう大師の殺害。ゼダンは、明良が知るだけでもこれだけの謀略非道を重ねている。

 教主フクシロの「真名の考え」に賛同し、大都の王を見張ってきた明良。これまでのところ、ゼダンに逸脱した動きは見られず、むしろ確かな善政が続けられていたが、少年のなかで憤慨の火種が消えていたわけではない。

 このイリサワの惨状。破壊し尽くされたヒトの営み。雪のなかに臭う血。そして、三大妖さんたいよう――。

 あまりにクシャの一件と酷似した今回、示し合わせのように「軍備設置」を口にしたゼダンに、明良は憤慨の火をふたたび燃やしたのだった。

 

 そんな少年をあざけるように、見下ろすゼダンは笑い上げる。


「なにが可笑しい?!」

「そういう手もあったかと感心しているのだ。餓鬼がきめが」

「貴様の常套じょうとうだろう、こういう手は!!」


 跳びかからんばかりの明良に、ゼダンは笑うのを止め、平手をかざし向けてきた。

 意気猛る少年ではあっても、相手の魔名術の埒外らちがいさは身に染みて知っている。「くっ」と悔し気にうめいて、身構えることしかできない。


浅薄せんぱくにすべてをこじつけようとするな」


 ゼダンは、冷徹な視線を落とす。


「この地には我が政道のいしずえ、神学館が建立されるはずだった。これよりのち、営々と続く大都帝国を担う人材を輩出する起点だ。資金も資源も働き手も、並々でない量を注ぎこんでいる。それを一瞬でふいにするような馬鹿な真似、思い浮かびもしない」

「……貴様には、馬鹿な真似ばかりを重ねた前例がある。軍備をなし、侵略した先で新たにカネと資源とを得る算段をし、それでまた建て直せばいいと考えたら、やりかねん」

「……クソ餓鬼がッ!」


 咆哮とともにゼダンの平手から放たれた炎の矢を、明良は弾き落とした。

 すぐさま反撃で跳びかかろうとするが、直前よりも遥かに大きく猛った炎の塊を、ゼダンはすでに掌中に作っている。

 咄嗟とっささやを取ろうとした明良だったが、その手が止まった。


(しまった……。『合わせづつ』は……)


 脇に差す刀鞘は、動力どうりき術を反射できる神代遺物ではない。「合わせ筒」はオ・バリとの決闘で失われたため、急きょ、間に合わせで用意したである。


「今のは警告だ。これで最後となる」


 猛火ではなかったが、冷淡の声が少年には浴びせられた。


「最後……?」

「貴様には、大都の警護隊をまとめる者としてのを与える」

「任だと……?」

「ふたつの任だ」


 右手に炎を留めたまま、ゼダンは左で指をひとつ立てた。


「カ行動力大師を領境りょうざかいから撤退させろ」

「グンカを……?」


 美名の劫奪こうだつ大師就任からおくれること、五週。十行じっぎょう大師の顔ぶれに、またひとつ、変更があった。

 明良の証言にもとづき、希畔きはんの町はずれにコ・ギアガンの亡骸を確認すると、魔名教会本部は動力大師の逝去を正式に追認。服喪の十日が明けてから、彼の直弟子であったコ・グンカが新任のカ行大師として就いていたのだ。

 以来、動力大師コ・グンカは、「隙あらば大都に攻め入る」とでも言わんばかり、第二教区の守衛手を多く引き連れ、大都圏の領境に駐屯していた――。


伝声でんせい術を介して、カ行動力大師が面会を求めてきている。近くまでやって来ているようだ」

「グンカがイリサワを襲撃した……とでも言うのか?」

「言ったはずだ。これは、新しい玩具を手にしたクソ餓鬼の仕業だ、と。私を、ギアガンの仇だなどと逆恨みするような直情気質のグンカであれば、このイリサワなどは襲わず、大都に攻め入ってこよう。オ・バリがそうであったように」

「シアラを使っていた責任が貴様にはある。逆恨みされても仕方のない責任だ」

「……いずれにしろ、グンカは目障りだ。物々しい警戒に、領境の人民は気が落ちつくものではない。魔名教会……、貴様が退かせないのであれば、いずれ、力尽くで排除する」


 ゼダンの言いぶりは、暗に「設置した軍を使う」ことを意味しているのだと、明良は悟った。


「もうひとつは……?」


 少年の問いかけに、ふたつめの指が立てられる。


「今度こそ、バリを消せ。よもや、気付いてなかったとはいうまい?」

「……ああ」


 オ・バリは、イリサワに向かう特務隊の後を――明良の動向をけてきていた。大都より飛び去った仇敵ゼダンの居所は少年が向かうところにあると察し、後を追ってきたのだろう。

 明良も尾行者があることには気が付いていた。だがそれも、すぐに気づけたわけではない。三刻ほど前、ラ行波導の隊員が偶然に聴いた枝折り音から判ったものである。相手が粗忽そこつな性根を持つ男でなければ、最後まで引き連れてきたことだろう。

 そこからは、風雪を利用しての目くらまし、ラ行波導による歩行音の消失などを駆使してどうにか巻いたようだったが、その時点ですでにイリサワに近いところである。遅かれ早かれこの地に来るものとは踏んでいたが、ゼダンが感知したということは、まさにそのとおりになったのだろう。


「吠える前に貴様自身が提示した役目をまっとうしろ。果たすべき任も為さず、ふたたび大都の門を潜ってくるようであれば、貴様の旅路などついえると知れ」


 言い放ったゼダンは、平手の炎を消したものの、さらに高く浮かび上がっていく。どうやら、このままイリサワの地を後にするつもりらしい。


「みっつだ!」


 剣を納めた少年は、叫び上げた。


「イリサワをこんな有り様にした首謀を捕らえ、貴様の前に突き出す! 大都王の権限で事態を究明し、正当な刑罰を与える! それであれば軍備の理由はない! そうだろう?!」

「道理ではあるが、私は、すぐに準備に入る」

「約束しろ! みっつの任をこなし、俺が大都に戻れば、軍備を撤回すると!」

「すべてできるのならば、な」


 少年へのさげすむような一瞥いちべつを最後に、大都王ゼダンの姿は、雪のなかに消えていった。

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