焦土の新興地と褐色の少女 3

 ゼダンのあとに従いながら、明良あきらは目を覆いたくなった。

 イリサワ村は、あまりにむごたらしい有りさまだった。

 散々に壊され、崩れた民家。まるで、波導はどう大師の「雷電らいでん」が放たれたのではと思うほど、荒れ散らされた畑のあと。雪降るなか、犠牲者の姿も見当たらないというのに、そこかしこで腐臭めいたものも漂ってくる。

 季節はまったく違い、場所もまったく違うが、この破壊と風雪の景色に、明良の脳裏にはどうしてもクシャの惨劇が思い起こされてしまう。


 そうして、渋面じゅうめんで惨状を見回していたところ、ふと、明良の目に留まったものがあった。


「なんだ、アレは……?」


 民家跡、木造の壁にそそりたつ棒のようなもの。その棒の先端にはなにやら赤いものがついている。よく見れば、ほかの建屋や地面にも、いくつか同じものが突き立っているようだった。


「あれは、『矢』だ」


 背中を向けたまま、ゼダンが明かす。


「矢……?」

『矢』が、今回、大量に使われている」

「矢……。そうか、アレがそうか……」

「一千年前の大戦時でさえ、すでに見かけなくなっていた代物だ」


 弓と矢。

 ごくわずかな地域で狩猟に使用されるのと、武芸の一門として残る以外、武具である。


「鉄製の矢じりと、良く飛ばすため、羽根飾りをそなえた矢。金属にしろ、木材にしろ、よくしなる材で作られ、頻繁に手入れを必要とする弓。このふたつを携行せねばならず、一度に持てる矢にも限りがある。隊列揃えての運用にはそれなりの練磨が必要だったため、遠方射撃、牽制けんせいの役割では、『焔矢ほむらや』や『雷矢らいし』のほうが多用された」

「なぜ、そのような古めかしいものが、現代に使われて……」

「貴様らが好む剣術武芸と同じだろう」

「それは……、どういう意味だ?」

「道具を使うことで、のだ」


 ゼダンの答えはつかみどころのないものであったが、どこかしらさげすんだ含みがあることだけは判った。明良がなにか返してやろうかと言いかけたところ、一行の前に、巨大な壁が現れる。


「ここは……、『神学館』か?」

「そうだ」


 答えたきり、ゼダンは足早に立ち入っていく。

 明良たち特務隊の面々もあとに従っていった。


 建設途中の神学館もまた、散々に破壊しつくされたようで、組みかけだったらしき石煉瓦がそこらじゅうに散らばっていた。破壊されたためか、あるいはまだそこまで工事が進んでいなかったか、屋根はなく、雪が舞い込んでくるなか、壁や間仕切り、建材の荒れ放題が続くばかり。そこらじゅうに血が流れたような跡も多く、建設のためにヒトが多くいたであろうことを考えても、この神学館がもっとも凄惨な現場であったのだろうと想像できた。


「中庭……とも呼べない、今は更地さらちだが、そこに生き残りがいる。貴様らの采配で好きに処遇しろ」

「処遇……?」

「雪が止み次第、近隣の人里に住まわせてやるなり、大都だいとに送るなり、好きにしろと言っている。この地は廃棄だ」

「廃棄……。この村を廃棄して、『神学館』はどうするんだ? こんな惨状をもたらした軍勢とやらは……」


 ふと、足を止めたゼダンは、少年に振り返る。なぜかしら敵意めいたものが感じられる眼差しであった。


「私がもののなかに、『軍学』がある」


 突拍子のない切り出しだが、言葉をはさすきを与えない、剣呑けんのんとした威圧が含まれている。


「『軍学』に照らせば、このイリサワへの侵攻は、まったくに無益、無意味なものだ。この村は、資源に恵まれているわけではない。他に侵攻すべき目的があったとして、足掛かりや要所になるような土地でもない。ましてや、戦力が駐留しているところでもない。せっかく壊滅させても、目ぼしいものを少し奪っていっただけで、

「……『神学館』が狙いであった可能性は?」

「それならば、完成してからの方が効果的だ。人材面、資材面の損失。大都の新しい体制に与える衝撃を考えてみても」

「ではいったい、何の目的で……」

のだろうな」

「試して……?」


 身を屈めると、ゼダンは足元に転がっていた「矢」を拾い上げた。そうして、赤い矢羽根に指を走らせる。


散雪鳥さんせつちょうというアヤカムを貴様は知っているか?」

「……書物で知るだけだが、三大妖さんたいようの一種だな?」

「ならば、その眼でも覚えておくがいい。識者しきしゃが扱う『爆炸はぜ』とは比べようもない、『あけろし』の爆破がもたらす景色がこれだ。イリサワの家々を、我が大都の象徴となるはずだったこの館を、いともたやすく潰していった爆撃。今回の件、ヒトのみならず、散雪鳥が関与している。この羽根飾りも、あの巨鳥のものだろう。襲い来た軍は、三大妖とようだな」

「……使役しえき術か?」


 明良の問いへの答えとばかり、ゼダンは、手中の矢を横へ投げて放った。勢いつけた様子ではなかったが、彼の魔名術が加わったためだろう、放たれた矢は凄まじい速さで壁構造へと向かっていく。もとから損傷の激しかった壁面は、矢に貫かれ、音を立てて崩れ落ちた。


「……いずれにせよ、この敵は、手に入れた力がどれほど強大なものか、イリサワを的にし、試していったのだ。散雪鳥がどれだけ殺戮さつりくできるものか、矢を扱う軍勢がどれほどヒトを蹂躙じゅうりんできるものか、のだ」

「そ、そんな……ふざけた理由で……」

「住む者もいなくなり、侵略した者でさえ打ち捨てていった土地。もはや村などとは呼べまい。イリサワは廃棄だ」


 言い放ったゼダンは、特務隊のほうに歩み寄ってくると、「貴様らは先に行け」と指図した。困惑のまま、殿上てんじょうの命に従って特務隊の面々が先に進んでいくと、野ざらしの廃墟、また少し吹雪いてきた景色のなか、ゼダンと明良だけが残る。

 不思議というよりは厄介に思い、明良は「なんだ?」と問いかけた。


「なにかまだ、言い足りないことでもあるのか?」

「大都に軍を編成する」


 ゼダンの宣言に、明良はしばし、言葉を失った。

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