焦土の新興地と褐色の少女 2

 足元がぬかるむのをなんとか下っていくと、しばらくして、特務隊一行は平らかな地に入った。イリサワの村域にたどり着いたのである。これも「神学館」建設に伴ってこしらえられたのだろう、真新しい石造りの囲い壁が正面に現れた。

 足音を忍ばせつつ、明良あきらたちは壁沿いに進み、村への入り口を探す。しかし、少しすると、「入り口」など見つける必要もないことが判った。

 歩を進めるにつれ、防壁には吹き飛ばされたような跡が散見されるようになり、ついには、またいで超えられるほどにすっかり消失してしまった箇所をも見つけたのだ。これまでの壁面に見られただけでも、並の魔名術とは思えない破壊力。イリサワへの攻勢は、広範に渡るものだったことがうかがえる。

 いったい、この辺鄙へんぴな村にどんな軍勢が襲い来ていったのか。あるいは、のか――。


「入りましょう。明良隊長」

「まだだ……。中に、誰がいるともしれん。オッタ」


 アナガとの小声のやりとりのなか、明良は特務隊のひとりの名を呼ぶ。すると、すぐに黒衣こくえ制服の女が少年のそばまでやってきた。


「オッタ。疲れているところすまないが、波導はどう術で内部なかを探ってくれないか。敵勢がいないかどうか……」

「はい。了解しました……」


 イリサワが襲撃されたのは、たった二日前の話である。大人数の気配を壁の向こうに感じはしないが、村内に残党がいないとも限らない。明良隊長は、ここからはさらに慎重を期す必要がある、と気を引き締めていた。

 雪降りの音のほか、呼吸音や足音がないか聴きつけるため、ラ行の特務隊員が壁の陰から少し身を乗り出したところ、立ち塞がるようにぬらりと現れた影があった。

 一気に緊張が走った場、明良は刀を抜き、影とオッタのあいだに割って入り、隊員らは平手を上げる。しかし、当の人影は「チッ」と舌打ちを鳴らすのだった。


「……貴様らか。紛らわしい者どもめ」

「……ゼダンか……」


 壁の内側から姿を現したのは、コ・ゼダン。

 白雪が舞降る山間の景色には似つかわしくない、銀刺繍ししゅうのあしらわれたくろ長衣ちょうい姿。二日前、奴隷品評会に列席した際のそのまま、王としての正装である。最前までまったく気配がなかったことから、半年前、「カ行の丘」に忽然こつぜんと現れたときと同じ、複数の魔名行を組み合わせての「独詠どくえい」術を仕掛けていたのだろうと少年は察した。


「……現状は?」

「今さら来て、何の用だ? 誰も彼もが魔名を返した廃墟に遅れてやってきて、除雪して帰るわけか? ご苦労なことだな」

「皮肉はいいから、現状を教えてくれ……」


 明良率いる「特務隊」がイリサワにやって来たは、「現地調査に赴くゼダンの護衛」であったが、警護対象であるコ・ゼダンと明良たちとでは、大都だいとを発する時点からすでに別行動をとっていた。

 二日前、大都にて報告を受けたゼダンは、奴隷品評会を閉じ、明良のしつこい申し出に渋々しぶしぶと了承すると、イリサワに向け、ひとりで飛んで行ってしまったのだ。明良も明良で、大都王警護の建前などどうでもよく(必要などないことは身に染みて判っている)、イリサワの現状や生存者確認、保護を目的としてやって来ている。

 カ行動力どうりき浮揚ふよう術、とりわけ、ゼダンの魔名術であれば、大都からここまで、半刻もかからずにたどりつけたであろう。特務隊は、およそ一日半の間隔をおき、警護対象と再会したわけである。


 そのことをとがめるでもなく、少年に蔑視べっしの目線だけをくれると、大都王ゼダンは黒衣をひるがえして背を向けた。


「ついて来い。アヤカムはすでにいない」

「アヤカム……? この村はアヤカムにやられたのか? 貴様が撃退したのか?」


 問いに答えず、歩き出すゼダン。

 仕方なく、明良を先頭として特務隊もあとに続く。

 念のため、左右に気を配りながら追従していく明良の横に、アナガがやって来た。なにか言いたげである。


「どうした、アナガ? 何か見つけたか?」

「あ、いえ……。こんなときに些細ささいなことかもしれないんですけど、殿上てんじょうと明良さんってどういう関係なんですか?」

「どういう関係……、とは?」


 ふたりの小声のやりとりは、風雪もあって、少し前を行く先導者には聴こえていないはずだった。だが、、である。

 かの王は千年分の魔名を持つ。どうせ、波導術で聞いているのだろう、と少年が目を配せたところ、そうだ、聞いているぞ、と言わんばかり、ゼダンの右の手のひらがこちらに向けられていることに気が付いた。


「明良さんって殿上のこと、『貴様』とか『アイツ』とか、『ゼダン』とか呼び捨てにもするじゃないですか?」

「そうだな……。それで……、それが、どうかしたか?」

「司教時代からのお知り合いだってことはなんとなく判りますけど、そんな不敬な態度をしてて、なんで罰せられないのか、時々気になってて……。そのたびにひやひやしてて……」

「あの程度の者、なにもおそれることはない」


 相手を眼前にして、またも発せられた不敬の言葉に、アナガの目が丸くなる。

 ゼダンのほうでも、平手に少しばかり力を込めたようだった。


「少し前まで、不敬どころか、ちゅうしてやろうとさえ考えていたくらいだ。だが、教主フクシロがつねづね言うように、ヤツの手腕にだけは目をみはるものがある。大都の施政、暴動鎮圧もそうだが、指示は的確で、必要があればこうして行動が早いところも……。それ以外はなにも見直すところのない、劣悪の極みだがな」

「はぁ……」


 なおも続いた不敬発言に身を縮こませたアナガに微笑んでやると、明良は、背後にて年端もいかない少年に批評された王を見遣る。その平手が、すでに閉じられていることに気が付く。

 聞き耳をたてていた千年の王の心持ちは知れないが、ひとまず、魔名術が放たれる事態にはならないようだった。

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