焦土の新興地と褐色の少女 1

「なんてことだ……」


 尾根を越え、木々が開けて見通しが少しよくなった場所。

 明良あきらは、眼下の白雪の景色のなか、そこだけ黒ずむようなイリサワ村の壊滅跡を見て、嘆いた。


 イリサワは、「勿越なえつの海」にほど近い山間、盆地とも呼べない狭小な平地にある小さな村

 大都だいと大陸の南側、東西に伸びる大街道からは遠く、ヒトの行き来や交易での恩恵にあずかることはできない地勢。海からの潮風の影響か、山林も他の地域に比べれば決して豊かとはいえない。それでは海洋の恵みはどうかというと、近隣の海辺は船の発着には不向きな懸崖けんがいがずっと続くため、これもまた産業にしきれない。イリサワという村は、若者の多くが大都市である大都に出稼ぎにでるか、完全に移住してしまい、老人たちが細々とした農林業で食い繋いでいる寒村で

 その状況を一変させたのが、大都王ゼダンの命によって始まった「王立神学館」の建設である。ゼダンは、この深奥しんおうの地イリサワに、大都帝国の国教、「(主神優位の)魔名教」を興隆させる起点として、教育施設の建立を計画したのだ。遊興や外来から遠く離れたこの地であれば、神学徒らは誘惑に踊らされることなく、修学に専心できるとの目論見である。

 神学館の完成は、年明けて春が訪れる頃に予定されていた。今の時期はまだ、年若い神学者たちがやってくるには早かったが、すでにイリサワの村は特需とくじゅの恩恵を受けていた。建設に携わる者たちである。

 寒村だったイリサワにやってきた建設者らに、村人たちは食と住を提供する。代わりにもたらされるのは、金銭。それだけでなく、大都や他の町からは豊富な食糧物資も持ち込まれてくる。寒村に突如として起きた「神学館好景気」。村人たちのなかには、人口以上に大挙してやってきた建設者らに向けて、もともとの稼業をやめ、商売に乗り出す者も出始めていた。

 そんな折の「イリサワ壊滅」である。

 大都に届いた報せでは、生き残った者は十名にも満たなかったという。もともとのイリサワの住民は百未満、「神学館」の建設のため、当時イリサワに居た建設関係者は二百を超えた程度。実に、三百を数える魔名の返上。この地にて、未だ詳細は不明なれど、明良が大都に身を置いて以来、最大最悪の惨事が起こったわけなのである。


 少年が遠目に見る、ひと際大きな「神学館」。

 春には若人の学び場となったであろう残骸。

 雪降りのなか、山間でわびしくもある建造跡が、少年には墓標のようにも見えた。


「急ぎましょう、明良隊長」

「……アナガ」

「雪がもっと強くなってきたら、凍えて死んでしまいます」


 警告をくれたマ行のともがらに、少年は頷いて返す。


 二日前、奴隷品評会の場に突如として舞い込んだ「イリサワ壊滅」の急報。

 大都圏領地をまとめるゼダンは、ひとりで当地に赴く動きを見せたが、報せを聞き及んだ少年もまた、義心のため、随伴することを申し出た。その申し出にわずらわしさを隠そうとしない大都王ではあったが、最終的には「勝手にしろ」との言葉を受け、少年は動いた。

 まず、警護隊のほぼ半分で「特務隊」を編成。警護隊の任は「王宮殿と大都王の警護」であるから、大都王の身辺警護のため、共にイリサワに向かうという意味合いでは妥当な分割である。少年は、なにより人手が要るとも考えていた。

 それからまもなくして、明良たち特務隊は大都を出発。可能な限りの食糧物資を抱えながら、およそ一日半、寝ずの強行を経てこの地を目指してきたわけである。


(日頃、職務に励んでくれる警護隊の者らとはいえ、雪中せっちゅうの強行はさすがに応えたか……。イリサワに、まずは休息が必要だな……)


 十四の手下てか疲弊ひへい具合を眺めながら、明良にもまた、疲れの自覚があった。

 体力的なものもあるが、なにより、遠く離れた「よきヒト」を無駄に心配させてしまったこと。その言い訳もろくにできていない心労心配のほうが大きい。イリサワやついてきてくれる仲間を思えば、私的な都合のために筆を取る時間など、満足にとることもできなかった。

 二刻ほど前にも、「神代じんだい遺物いぶつ相双紙そうぞうし」は懐のなかで光っていたようだ。きっと、「他奮たふん大師の治癒」の件について、事後の報告なのだろう。彼女と彼女の相棒ならば、不甲斐ない自分が心配するまでもなく、すべてがうまくいったはずだ。


 少しでも早くイリサワに着ければ、休憩も少しは取ることができ、文面を眺める時間くらいは作れるだろう、と、少年は特務隊の面々を先導し、山下りを始めた。

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