夜が明けた町と客人ふたり 3

「私が『客人まろうど』とは……。冗談もほどほどにしてくれないと……」


 相手に判るよう、絶妙にかすかな苛立ちをにじませる大師に、クミは自身の毛皮をゴソゴソしだすと、何かを取り出して机のうえに置いた。黒ネコの人形である。


「それは……?」

 

 人形に目を落とすハマダリンだったが、ふと、その瞳が大きくなる。


「『ヒコくんといっしょ……、おでかけしよう……』」


 小さく、けれど歌うかのような調子。思わずといった様子でつぶやいた大師に、クミは「やっぱし」と目をみはる。


「もしかしたらと思って美名から借りてたんだけど、リン大師は、このキャラ……、この子の名前が『ヒコくん』だって知ってるんですね?」

「あ、ああ……。自分でも不思議だが……。知っているというよりは……、勝手に口をついて出てきた……ような……」

「『三つ子の魂、百まで』……、ってちょっと違うかな?」


 クミは、小さなあしを人形の頭のうえに乗せる。


「この『ヒコくん』は、にできた、アニメのキャラクターのようなんです。美名が『神世かみよ』に行ったとき、持ち帰ってきたモノなんです」

「……ちょっと待ってくれ。クミが死んだだの、『アニメノキャラクタァ』だの、美名が『神世』に行っただの、話が……」

「……そこらへんはややこしいから置いとくとして、大事なのは、この『ヒコくん』が、『神世』でに放送されてたアニメ……、まあ、『演劇みたいなもの』に登場してたってことです。『。この世界のヒトが知ってるはずない。居坂いさかにはネコだっていないんだから。それなのに……、美名も私も話してないのに、


 言葉を失うハマダリンとルマ執務部長。それぞれに言い聞かせるかのように目を配すと、クミはさらに続ける。


「『散華さんげの前に』のなかで、別の作品ですけど、これもやっぱり子ども向けの有名なアニメに似た曲がありました。あの歌を聞いたとき、私がひっかかってたモノがなんなんだか、それも判りました。大師とヨイちゃんとがちょいちょい口にする『オーケイ』って言葉。これも『神世の言葉』なんです。ヨイちゃんは、大師のがうつっちゃったんでしょうけど……」

「待て。待て、待て、クミ。……私には、神々のおわすにいた覚えなど……」

「『日本』は神の世界なんかじゃありません。ふつうのヒトが、ふつうに暮らしてるところです。身の回りのモノや技術、魔名なんかの違いはあるけど、根っこのところでは居坂と何も変わらない、ふつうの世界です」

「だが、それだとしても覚えが……」

「覚えてないのは、たぶん、リン大師が子どもの頃、『日本』から居坂に来たせいじゃないでしょうか。『私と同じ理由』かどうかは判らないけど、物心がしっかりと身に着く前に大師は居坂に来ちゃった。もちろん、親も保護者もいないけど、運良くモモ大師が助けてくれて、この世界でそのまま成長していけて、それでそのうち、『神世』のことは、アニメの歌やキャラとか断片的なことをかすかに覚えてる以外、忘れていっちゃった。大師の名前の『ハマダリン』も、イントネーション……、発音を変えれば、『ハマダ・リン』ってなって日本人の名前っぽいです」


 「ですが」と控えめに口をはさんでくるのはルマ執務部長。


「『客人』は、『ヒトの姿にあらず、ヒトの言葉を話す』と教会伝承にあります。リン様は、どこをどうみてもヒトの姿ですよね?」

「まぁ、そこは私もしっくりこないとこではあるんですよね。あの、ふざけた神サマが適当にやってるせいなんでしょうけど……」


 クミは、「ふざけた神サマ」のふざけ具合を思い出したのか、ハァとため息を吐く。


「リン大師が『客人』かもってなってから考えたんですけど、その言い伝えは、『判りやすいほうはどっちか』のせいかもしれません」

「判りやすい……?」

「私みたいな……、アヤカムっぽいのがしゃべって、『別の世界から来た』って言うのと、リン大師が『別の世界から来た』って言うのとじゃ、どっちがホントっぽいですか?」

「それは……」


 ハマダリンとクミとを見比べて、言い淀むルマ。

 引き取ったクミが、「アヤカムです」と断言する。


「ゼッタイにアヤカムのほうだと思います。ヒトがヒトの言葉をしゃべるのは少しも不思議なことじゃないから、『別世界から来た』って言っても大抵は信じてもらえないでしょうね。けど、アヤカムや動物がヒトの言葉をしゃべったら、その時点で不思議なんだから、『別世界からのお客さま』ってのにも。それが特徴として伝わったもんだから、『しゃべるアヤカム』イコール『客人』の図式ができた。でもホントのところの『客人』は、ヒトも含めて、いろいろな動物の姿がありえてた……」

「『ヒトの客人』が過去にも存在した……。ですが、そういう方が記録に残っていないのは……」

「……ちょっと気分が重くなるんですけど、『ヒトの客人』がリン大師以前にいたとしても、そのヒトは疲れるか、絶望するかして、諦めちゃうと思うんです」


 「諦める?」と首を傾げるルマに、ネコは神妙にうなずいて返す。


「突然、見知らぬヒトが『別世界から来た』って言っても、百人いたら九十九人は『おかしなヤツ』としか見ないんじゃないでしょうか。無視されたりぞんざいにされたり、そういう対応にばっかり遭ってたら、私ならたぶん、『もういいや』って疲れきっちゃって、暮らしていくことを第一に考えます。

「『ヒトの客人』は、『客人』として知られず、居坂のともがらになっていく……?」


 黒ネコはもうひとつ、うなずく。


「もしくは……、ヒトによっては、その……、信じてもらえなくて、帰ることもできなくて、それに絶望しちゃって、自分で……」

「……なるほど。不憫ふびんな方がいたかもしれないのですね……」


 「はい」と答えると、クミは他奮たふん大師をおもむろに見上げる。

 当惑か思考か、ハマダリンは眉根を寄せて瞑目めいもくし、自らの額をコツコツと叩き続けていた。


「こう言ってはなんですけど、リン大師は、いちばん居坂に溶け込みやすいケースだったんじゃないかと……」

「クミ」


 瞑目のままの大師に強く呼び掛けられたネコは、おもわず背筋を伸ばす。


「君の話は理に適っていると、私も思う」


 目を開き、見下ろしてくるハマダリンの威圧。射すくめられたようにクミは身体を強張らせた。


「しかし、私は『客人きゃくじん』などではない」

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