夜が明けた町と客人ふたり 4
「私の旅路は、
ハマダリンの
「私が『
「それは……、ないと思います」
「ない」とは言いつつ、クミは、「客人の
どうやら、ハマダリンは「変理」のことを知らないらしい。教主だけに伝えられてきたという話であるから、それも当然だろう。
もしも、大師が問いかける「使命」というものが「客人」にあるとしたら、それは「変理」以外にない、とクミは思う。あの「ふざけた神サマ」の目的は、
しかし、「変理」をなすための大鏡は、半年前、
いずれにしろ、「変理」はもはや不可能である。わざわざ告げる必要もないかと、クミはもういちど、「ありません」とだけ言った。
「ならば、ヨ・ハマダリンはなんら変わることはない。もとより、『客人』としての知識や幸福を与える力など、持ち合わせてはいないのだ。これからの私は、私を育ててくれた居坂に尽くし、美名とクミとに救われた旅路をまっとうするのみ。
厳然と言い放ったハマダリンだったが、ふと、柔らかな瞳になると、黒ネコのクミを見てくる。
「申し訳ない、クミ。今の言葉は、君を
クミは、「はい」と頷いて返す。
「判ってます。その想いは一緒ですから。私も、いつかいなくなるつもりとかじゃなくて、ネコの姿だけど、この居坂で
「そうか……。立派な
居坂で生きる決心を新たにして、客人ふたりは
「いやぁ~……。でも、さすが
「あっさりとは言ってくれるが、これでも充分、驚いたものだ。君たちが現れてからというもの、良くも悪くも新鮮だ。年甲斐もなく刺激されているよ」
「そうですね」と可笑しそうに同調するのは、ルマ執務部長。
「クミ様を止めにかかるリン様のあんな姿……。初めて見ました。新鮮です」
「……ヤヨイたちには告げ口してくれるなよ」
神妙な様子の
そこで、つと、ハマダリンの顔色が変わった。
「それにしても、私が『客人』だとして、ひとつ、思い当たるコトができた」
「……なにか、『神世』のことを思い出したんですか?」
大師は、「いや」とかぶりを振った。
「
「病って……。あ、大師が
「そうだ。『
「新地病……? 大師の病気が、その新地病だったんですか?」
「そうじゃない」と、ハマダリンは否定する。
「七百年ほど前、
そこで、なにかに気付いたように、クミが「あ」と声を上げる。
「病気を持ち込んじゃったんですね」
「……どうしてそう思う?」
「新大陸発見のとき……、あ、いや、これもまた『神世』の話なんですけど、新しい土地を見つけて、そこに訪れたヒトが、現地のヒトが
クミの話に興味がそそられたのか、ハマダリンは「そうか」と目を輝かせ、身を乗り出すようになった。
「『免疫』とは、『神世の知識』……。治療に関わる用語かな? どういうモノなんだ?」
「あ~……。なんて言うんでしょうね……。ヒトが、病気に対抗するための
「それは、親から子へ受けつがれるものかな? 同じ病に二度目は罹らない、罹りづらい、のような?」
「はい……。たぶん、そういうふうなヤツです」
「なるほど。そういった抗力がある可能性は、ひとつの仮説としてあったが……。『免疫』か……。『神世』に
「あの……。で、その新地病が、リン大師の病気とどういう関係で……」
請われたハマダリンは、考え込むような様子から戻り、続ける。
「新地病は、その『新大陸発見』とやらの逆。病を持ち込んだのではなく、島を訪れた大陸側のヒトが、ほぼ全滅した病だ」
「あ……。そういうコトか!」
大師の言わんとするところを察したクミは、勢いあまって大声を上げる。
「リン大師は、大師の身体が……、『神世から来たヒト』が免疫を持ってない、居坂独自の病気に罹ってたってことですね!」
クミの推察に、「そうだ」と頷くハマダリン。
「『私が客人』だと仮定すると、疑問だった点にも説明がつく。症状は伝染する型の『風の病』そのものであったのに、他の者にはうつらなかったこと。病を貰った美名が、あっという間に快復したこと。病自体がなんなのか、他の
「それは……、リン大師だけがひとり、別だったから……」
「そのとおりだ。私が
「はぁ~……。いやぁ、そうです、そうです。きっと、そのとおりですよ……。なんか、ズバッとハマった気がして感心しちゃったわ……」
長いため息を吐くネコだったが、つと、「ン?」と首を傾げる。
「ちょっと待ってよ……。その仮説も合ってるとすると、リン大師は身体ごと、そのまま居坂に来たってことでしょ? それで、なんで私はネコなわけ? なんで私は自分の身体じゃないの? しかも、オスだし……。ひいきじゃない?」
「いいじゃないか。いつまでもその愛らしい姿でいてくれ、
「ちょっと、年上のヒトにまでそう呼ばれるのは……。あ、でも、『ヒコくん』の件からすると、『日本』では私のほうが年上ってことになるのか……。いや、でも、居坂では大師のほうが……。う~ん……、ややこしい……」
机の天板にぶつけてしまいそうになるほど首を傾けるネコに、ルマと目線を交わし、苦笑した大師は、「さて」と言って席を立った。
「話し込みが過ぎたな。歌劇や私の近親のこと、治療概念、他にもさまざま、『神世』のことを聞いてはみたいが、今だけは状況が悪い。また、あとで頼むよ。クミ母様」
「はいは~い。こっちはフクシロ様への連絡、また頑張ってみます」
思わず、ハマダリンに関する様々のことが明らかとなった時間ではあったが、大師にはまだ、重責が多くある。収拾をつけねばならないことが山ほどある。
幕を開け、幕舎から出ていこうとするハマダリンであったが、その背中にはふいに、「待ってください」との声がかけられる。
ルマ執務部長である。焦ったような声音で、見るからに血の気の引いた表情。
ただ事ではない様子に
三人で覗き込んだ紙片は淡く光って、以下のような文を記していた。
『クミ様がお伝えしたい報をうかがう前に こちらからまず伝える無礼、お許しください。
これより先に書くことは ハマダリン大師とクミ様、美名さん、代筆を務めてくださってるルマさん以外、他言無用でお願いします』
「え、え……。なにこの前フリ。怖いんだけど……」
「クミ。プリムのことやセレノアスールの被害のことは、前もって伝えてあるのか?」
「いえ、いえ。『伝えたいコトがあるんで応答してください』としか……」
問答するあいだにも先の文は消え、あらたな文字が現れる。
『大都帝国の領内で 大規模な武力攻勢がありました』
「
その字面でクミが思い浮かべるのは、当然、
(まさか……、明良があんな物騒な連絡くれたのは、この「武力攻勢」ってのに関わってるんじゃ……)
目を見開いて当惑するクミを
『それだけでなく 小豊囲が陥落させられた報も 今しがたありました』
「しょう……とよ? これ、なんて読むの……?」
「
「第三教区……? それって、もしかして……」
「ああ。サ行
三人のあいだに、不穏の気配が張り詰める。
第八教区の教区都セレノアスールは、プリムによって壊滅の寸前まで追い詰められたというのに、なぜ、そのプリムの本拠が陥落などということになるのか。
不可解に混乱するばかりのふたりを置いて、ハマダリンだけがひとり、これから続くであろう文面を予期して、
『小豊囲を軍事占領したのは レイドログ大師です 第三 第四教区を併合した地域を教会から離し 独自領有を一方的に通告してきました』
(こういうことか、レイドログ!)
不可解であったレイドログの目的を、ハマダリンは確信する。
レイドログの目的は、セレノアスールが本命でなく、小豊囲であった。第八教区でなく、レイドログがより広く接している隣人、第三教区だった。プリムは、信心を利用され、いいように操られていたのだ。
もっとも警戒すべき戦力であるプリムを
ゼダンの先例に追従したのか、
(外道……。憎むべき外道だ、レイドログッ!!)
『両件について できるだけ速やかに 十行会議で対策を協議したく』
少し前まで和やかな雰囲気でさえあった幕舎内は、冬の夕刻間際、凍てつく空気で満たされていった。
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