夜が明けた町と客人ふたり 2

 囲い壁の外、災厄の名残も痛々しいセレノアスールを見下ろせる野原へ、急きょ、たくさんの幕舎が作られている。多くは住民の避難所であるが、指揮者向けの議場や臨時の療養所、各隊の待機休憩所、引き揚げてきた物資の保管所、食事調理場、配食場、そして、遺体の安置所など――さまざまな役割の幕も数々あり、ふだんは長閑のどかなこの地も、期せずしてヒトの行き交いが激しくなっていた。

 ハマダリンは、ひとつの小さな幕舎の表幕を開くと、「どうだ?」と覗き込んだ。

 中には小さな簡易卓があり、そのそばには三脚ほどの椅子。ひとつにルマ執務部長が腰かけており、卓のうえでは黒ネコが身を縮こませていた。

 大師からの目線を受け、クミは「ダメです」と首を振る。


「フクシロ様……、全然、応答してくれません」

「そうか……」


 教会本部に事態の連絡をしようとしたハマダリンであったが、通常の手段である「ラ行・伝声でんせい」がため、「神代じんだい遺物いぶつ相双紙そうぞうし」を通じて教主フクシロに直接連絡をとるよう、クミに依頼していたのだ。

 だが、その手段でも連絡が取れないらしい。


「クミ様とも話していたのですが……」


 ネコに代わり、代筆を担っていたルマがおずおずと口を出す。


「もしや、主都福城ふくしろにも、なにか不測の事態があったのではないか、と……」


 内部なかに入って椅子に腰かけると、ハマダリンは「いや」とかぶりを振った。


「たとえ、同規模の襲撃があったとしても、福城の町は、人員も装備も警戒態勢もセレノアスールの比ではない。さらに言えば、今回以上の規模の襲撃など、過去の大戦をみてもそうそうありはしない。予断はできないが、福城が壊滅するなどということは、当代随一の破壊力を誇る波導はどう大師が乱心したとしても、到底に無理なことだろう」


 大師はそう言うものの、半年前、教主の主塔がまさに破壊される寸前まで至った変事に関わっていたクミには、やはり、フクシロの身が案じられる。


「ともかく、昨日の時点では連絡がついていたのだ。たった一日で教主フクシロが物も書けない状態に至るとは考えづらいな」

「じゃあ……、どうして答えてくれないんでしょうか?」

「なにかしら……、教主としての役目で忙殺される事態が起きているのかもしれないね。あるいは、神代遺物の効力がきれたか……」

「う~ん……。そんなにタイミング良く……、いや、この場合は『悪く』か。使えなくなるなんてこと、あんまりないでしょうけども……」

「……本部への連絡もそうだが、こちらでも『悪い』ことが判った」

「悪いこと……ですか……?」


 クミに「ああ」と答える大師は、こめかみに指を当てつつ、みるからに頭を悩ませた姿である。


「プリムは、ここに至るまでの道中、第八教区の各所で暴虐をふるってきたようなのだ」

「暴虐……?」

「やはり、セレノアスールから福城への、『伝声』の経路が断たれていたのですか……?」


 瞑目めいもくし、静かに息を吸ったハマダリンは、小さく頷いた。


「アライやショウブ……、いくつかの村が全滅させられている。『伝声連絡』のはじめの中継地点、深水ふかみもだ」


 深水といえば、セレノアスールへ向かう旅路の途中、クミと美名とで世話になった村である。そこそこの規模の村で、住んでいるヒトも二百は超えていたはずだった。

 それが全滅だと言われても、にわかには信じがたい。


「全滅って……。村のヒトが全員……、ってことですか?」


 大師は黙って頷き返す。

 保険の勧誘や泊まり宿で関わったヒトたちの顔が思い出され、クミの気分はまた一段と沈みこんだ。


「プリムの手下てかの記憶をマ行の者が見てくれたから、間違いない。今、確認のために早馬を走らせてきたところだ。おそらく……、手遅れではあろうが」


 避難途中の歌劇団、そして、美名が遭遇した白装束の一団は、プリム配下の教会員であった。だが、それだけでなく、同じような白装束は町内の他の箇所にも出没していたらしく、逃げる住民を殺傷する騒ぎもあったようだ。

 しかし、そこは気骨のたくましいセレノアスールの住民たち。団結し、反抗した住人たちは、白装束を逆に捕らえるか、退散させるかして奮闘していた。美名が撃退した一団に比べ、人数が少なかったというのも幸いだったようだ。港沿いは教区館からの避難経路となりうるため、ハマダリンを警戒したプリムがもっとも多く手下を配置したのだろう。


 白装束への「記憶尋問」に参加したハマダリンが、一刻も早く究明すべきと考えていた点はおおきくふたつあった。

 「こんなことが起きた原因」。

 「この先の使役しえき大師の動向」。

 前者に関してはやはり、記憶を確認してみても、プリムの言から推察していたとおり、「教義に背いた粛正」で間違いがなさそうだった。

 しかし、後者である。

 術者が報告をくれた限り、敵方の記憶のなかには使役大師レイドログの姿がなかったようなのである。手下と対面し、直接に指揮先導していたのは、もっぱらプリムひとりだったのだ。

 ならば、やはり、今回の首謀はプリムだったのか?

 そうであったとしても、この凶事きょうじに関わったレイドログの目的は? 彼の今後の動向は?

 最期にプリムを殺していったのは、自身が関わっていた事実を知られないためか? しかし、その目的であったなら、「飛雨蜥ひゅうせき」の姿を目撃した自身と美名とをそのままにしておく理由がない。

 レイドログに関しては、半日を経てもなお、混迷が増すばかりであった――。


「リン大師?」


 気付けば、ハマダリンの眼前には心配そうな黒ネコの顔があった。


「ダイジョブですか? ボーっとしてましたけど……」

「あ、ああ……。あまりに多くの犠牲に、少しばかり辟易へきえきしてしまっていたようだ。らしくもない姿を見せてしまって申し訳ないな」


 クミもルマも、かける言葉が見当たらない。

 気丈な他奮たふん大師は、あの、嘘みたいに滅茶苦茶な巨人を美名と一緒に撃退したあと、さんざんに疲れているだろうに民衆の先頭に立ち、事態の収拾にあたってきたのだ。それこそ、犠牲をいたむ暇もないほどに。少しくらいしおれる瞬間があっても仕方ないとクミは思う。

 それでも――。

 次にハマダリンが落ち着ける時間がいつ来るとも知れない今、クミは、自身が溜め込んでいた「とある考え」について、切り出すことにした。


「リン大師、こんなときに変なコトを言いますけど……」

「変なコト?」

「はい……。すごく……変なコトです」

「……この窮状きゅうじょうよりも『変なコト』など、なかなかない。なんだね、クミかあ様」


 少しわざとらしくおどけた大師に、クミは「絵のことなんですけど」と気後きおくれするように告げた。


「絵? 絵とは……、なんのことだ?」

「……大師の部屋に飾ってあった、あの、男のヒトの絵です」

 

 当然、大師は「ああ」とすぐに思い当たる。


「そうだな。あの絵は、今となってはモモノ師の遺品でもあるから、教区館の倒壊跡から見つけ出せるといいが……」

「そ、それはそうなんですけど……」


 モ・モモノとも親交があったらしいクミが、絵の無事を心配しているものだと考えたハマダリンだったが、ネコが言いよどむ姿からすると、どうもそうではないらしい。

 「あの絵の内容です」と、クミは続けてきた。


「あの絵で……男のヒトが着てる服は、『パーカー』っていうものなんです」

「パァカァ……?」


 自身の親族と思わしき男の絵を、何百回、何千回と眺めてきたものだから、ハマダリンは、まるでこの場にあるかのように克明に思い出すことができた。

 襟元えりもとひだ状になっていて、その根元でひもが垂れた白い服。確かににこれまでに見たことない形状の衣服ではあったが、そうか、伝説にある、『客人まろうどがもたらす神世かみよの知識』によると、あの服は「パァカァ」というものだったか、とハマダリンは感心した。

 だが、


「未知の事物を教えてくれるのはありがたいが、それがどうかしたのかな?」

「いえ、いえ……。それだけじゃなくて……。大師は、『日本』という国を知ってるんじゃありませんか?」

「にほん……? 私は、興味のないコトには無頓着なさがで、過去の国家体制の名をすべて知っているわけではないぞ?」

「いや、過去じゃないんです。居坂いさかの昔じゃなくて……、全然……、全然、別の世界の国なんです」


 問答の先が見えない大師は、眉をひそめてみせた。

 クミの方でも、思うように伝わらないことに焦れてしまったのか、「んもう!」と声を上げた。


「こうなったら、ハッキリ言いますね!」

「そうしてくれると助かる」

「リン大師は、たぶん、『客人まろうど』です!」


 あまりに突拍子もなく告げられた「変なコト」に、大師の顰められた眉も、そのしわをより深めるのだった。

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