夜が明けた町と客人ふたり 1

 また少し雪がちらついてきそうな昼下がりの曇天どんてん、セレノアスールの町は事後対応に追われていた。


「聴こえますか?!」


 瓦礫がれきをどけた先に倒れたヒトを見つけた美名は、大声で呼び掛ける。

 二十前後かと思われる年若い女であった。意識はないようだが、少女の声に「うぅ」とうめいて返している。命に別条はなさそうだ。だが、崩れた石材に腕を挟まれているらしく、出血の量もかなりありそうだった。

 瓦礫を取り除いた美名は、案の定、女の腕の裂傷がひどいことを確認すると、平手をかざして彼女の傷を


「ヤヨイさん!」


 少し離れたところ、別のケガ人を介抱していたユ・ヤヨイを呼ぶ。


「こっちのヒトにも『鋭気えいき強化』をかけてあげてください!」

「はい!」

ので、気が付けば自分で歩けるはずです!」


 報せているに、少女が引き受けた傷はみるみるうちに回復していった。ケガ人の捜索、救助を買って出た美名には、ヤ行他奮たふん大師から全力の「治癒力強化」が施されている。

 秀でた五感による探索力。邪魔な瓦礫を難なく排せる力量。そしてこの、「ワ行・物貰ものもらい」と「治癒力強化」の併用。これほど現場救急に適した人材も他にない。 


 プリム自奮じふん大師が「飛雨ひゅうせき」のズッペルに殺害されてしまったあのとき、美名とハマダリンは、使役しえき大師レイドログの来襲を警戒したが、いくら経ってもそのような気配は起きなかった。しばらくして、これ以上の襲撃はないと見切りをつけたふたりは、プリムの遺骸を泣く泣くその場に残すと、町の入り口にて避難民の大勢と合流した。

 それから、ハマダリンの采配のもと、五体無事な者らは「消火」、「避難路確保」、「現場救助」、「避難先介助」、「警戒」の五隊に大きく分けられ、日の出と同時、一次的事後対応が開始された。

 それから半日が経った今現在ではあるが、散雪鳥さんせつちょう、そして、巨人と化したプリムにいいように壊されつくしたセレノアスールの収拾は、いまだ終わりをみることはない。


(レイドログ様が……、もしもまだ、何か仕掛けて来るつもりなら……。その前に、早く救助を終えないと……)


 要救助の者が残っていないか、耳と鼻をすませての捜索を続けながらも、少女はどうしても考えてしまう。


 そもそも、レイドログの目的は何なのか。

 プリムの言葉を直接に聞いていたハマダリンによると、セレノアスール急襲の目的は、「(捻じ曲がった妄信による)教義に基づき、歌劇に興じる町を粛正するため」であったようだ。

 では、使役大師の目的も同様かと問いかけた美名に、ハマダリンは首を振って返してきた。レイドログという男がそのような信心を持つわけがないと断言したのだ。かの使役大師との付き合いがまだ浅い少女も、それには同意できる。

 それでは一体、レイドログは何のために「セレノアスール粛正」に手を貸し(あるいは首謀し)、散雪鳥さんせつちょうを使役し、もはや自我さえ失っていたプリムを殺していったのか。あの、軽薄だけど人がよさそうだった先輩大師は、何を目論んでこのような惨状をもたらしたのか――。


「美名さん!」


 思いふけっていた美名だが、呼ばれていたことにハッとして気が付くと、ユ・ヤヨイに振り返る。


「大丈夫ですか、美名さん?」

「は、はい……。大丈夫ですよ」

「夜は戦いづめ。日が昇ってからも救助に励みどおし。魔名も使い続けてるわけですから、お疲れではありませんか? 一度、戻って休まれたらどうでしょう」


 思わぬ勧めにパチパチと瞬きしてから、美名は「いえ」と首を振った。


「疲れてないから大丈夫です。まだやるコトがたくさんあるのに、私だけ休むわけには……」


 美名の言葉に銀装飾が光る口元を歪ませ、心配げな顔になるヤヨイだが、少女の意志を尊重したのか、ややを置いて「そうですか」と返した。


「……では、あの人家の場所なのですが、崩れた建材の下にヒトがまだ埋もれているようなのです。手助けに行っていただけますか?」

「はい。判りました!」


 答えた少女は、早速、身軽に瓦礫を踏み越えていく。


「少しでも辛くなったら、お休みになってくださいね!」

「は~い!」

「美名さんが倒れてしまったら、私……、私たち、困ってしまいますから!」


 瓦礫の山の奥に行ってしまったため、少女が聞いていたのか、応じてくれたか、ヤヨイには判らなかった。


 正午時点で判明したところ、今回の変事での死者は四百二十を数え、受傷者は二千を超している。これから被害状況が明るみになるにつれ、これらの数はさらに増していくだろう。教区館を含め、消失、倒壊した人家建屋も数知れない。とてつもない大惨事である。

 けれど、とヤヨイは思う。

 美名という少女がいなかったら、さらに被害は甚大じんだいだったろう。三大妖さんたいようの爆撃には二度目、三度目があり、巨人の侵攻も止められる者はいなかった。敬愛する他奮大師ハマダリンの復帰もなかったはずで、そうなれば当然、大師の奮闘や迅速な統率指揮も得られない。セレノアスールの住民、十万人の全滅もあり得た。

 数で比較するものではないと判ってはいるものの、それでもヤヨイは、美名がいてくれてよかったと思う。彼女に出会えてよかったと、心底に思う。

 

(美名さん。私は……)


 ずっとふけっていたくなる心情を、この非常時になんて不埒ふらちな、と振り払った若者は、すぐ近く、避難所に向かおうとしている老人の、けれど足元が覚束おぼつかない様子を見つけると、手を貸すべく駆け寄っていった。

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