神衣の禁術と大師共闘 9
この発光は新たな攻勢かもしれないと警戒した美名は、視界が飛んだまま、後ろへと飛び下がった。気付けば、すぐ近くにハマダリンの影がある。
「リン様! これは……? プリム様は……?」
「心配ない。ヤツの気配はすでに消えている」
「消え……て……」
果たして、まばゆい光は発したときと同じ、前触れもなく収まると、
パチパチと瞬きして目を慣らすと、美名は眼下の
「プリム、さ……ま……?」
降り立って駆け寄った美名は、ひと目みて感じた異様さに立ち
ソ・プリムは元の「ヒトの大きさ」になっており、相貌や体格も、美名の記憶にあるとおり、「プリム大師」そのままに戻っている。両の手を失って出血も多いが、息遣いの気配はしっかりとあり、すぐに絶命にいたる様子ではなかった。
だが、ある意味では死んでいた。
彼女の口元には締まりがなく、目も
戦意どころか精神さえ失ったかのような空虚の姿――。
ハッとして我を取り戻した美名は、自らの
手首付近の血管を抑えつつ、切断面に破り布を当て、縛り上げる。
その応急手当のあいだもプリムは腕や表情を弛緩させたまま。ふくらかな体躯に生気が通う気配は一切なかった。
「プリム様……。今……、手を……探してきます……」
「……こ、こっき……」
「え?」
なにやらつぶやいたようだったので、美名はプリムの口元に顔を近づけていった。
「プリム様、なんです? なにを仰りたいんですか?」
「こっき……せ……。よ……」
プリムの声はあまりに小さく、断続的。
美名はさらに顔を近づけた。
「こっきせ……」
それを最後に、プリムは囁くことを止めてしまった。
「プリム様……?」
「『
かけられた言葉に振り返ると、すぐ後ろにハマダリンの長身があった。
胸には「手のひら」をふたつ抱えている。
「
「あ、私はその……、魔名教学を受けてなくて、『神言録』もほとんど知らないのです……」
「……そうか。ニクリといい、美名といい、型破りな人選が続くものだな」
可笑しそうに微笑むと、ハマダリンは自らも
「リン様。手を元に戻してあげることは……」
「それはできない。教区長の立場としてだけでなく、私的な感情においても」
「……ですよね」
傷が癒えて出血が止まっても、プリムは呆けた様子のまま、空を見ていた。
その姿がなぜだかとても哀しくて、少女はひとつ、涙を零す。
「プリム様は……。どうなってしまったのでしょうか?」
「……」
「少し経てば、元に……。気を取り戻すでしょうか?」
ハマダリンは、少女が予想したとおり、首を振って否定する。
「今は平常に戻ったようだが、先ほどまで、プリムの体温が異様に高かったのを、美名は気付いたか?」
「……はい」
「『
「高い体温が……、自分の体温が、プリム様の心を壊したのですか?」
ハマダリンは、おもむろに
「『
美名は、クシャで
あのとき、死にゆくユリナから「躯動強化」を受けていた美名は、その体温上昇の副作用がため、温度を視る洞蜥蜴の標的となったのだ。
「『神衣の究極』での体温上昇は、ほかの強化術などとは比較にならないほど
「……」
「すでに異常な精神状態だったプリムは、タガを外してしまい、自滅必至の『禁術』を使ってしまった……。先ほどのサ行大神の神言だけを残して、プリムの心は絶えたんだ。もう、戻ることはないだろう」
美名は、サ行の神言と似たような言葉を自身が叫んでいたことを思い出した。その直後から、巨人プリムの様子が少しばかり
あのとき、自身の言葉はプリム大師を揺さぶっていたのだ。巨人は、
もしかしたら、あのとき、プリム大師を救う手立てがまだあったのかもしれない。美名の瞳からまたひとつ、涙が落ちる。
「泣くな、美名」
ハマダリンの凛然とした声が少女を
「罪を犯した者のために涙を流してしまえば、被害に遭った者たちにはどうしてやったらいい?」
「リン様……」
「このような姿になりはしたが、プリムには罪を償ってもらう。
美名は、そう言うハマダリンの横顔のなか、プリムを憐れむ心情を垣間見る。
ふたりがどういう関係であったか、美名には想像もつかない。だが、長年のあいだ、同じ大師職にあった者同士。自分などよりさらに思うところはあるだろう。
少女は涙を拭い、他奮の大師に笑いかけた。
「やっぱり……。リン様って似てます」
「……またそれか」
「ふふ。ぶっきらぼうだけど、本当はとっても優しい……」
照れてでもいるのか、大師は片眉を
「消火や逃げ遅れた者の救助、避難済みの者らの確認……。采配を取らねばならない。疲れてるところすまないが、美名はプリムをおぶって……」
そう言いかけて、ハマダリンは何かが近づく気配を感じ取った。
美名もまた、何かの接近に感づけたが、ちょうど、プリムの腕を肩に回して抱え上げようとしていたところだったので、迎撃対応ができたのは他奮大師ひとりだけだった。
上方からの何かは、飛び向かってきながらハマダリンの剣閃を巧みに
飛来したモノはなんだったのか。何をしていったのか。
先に気付いたのは、被害者のいちばん近くにいた美名だった。
「そんな……。プリム様?」
プリムの脳天から血が垂れ、鼻筋の横をつぅと流れていく。
赤い血が流れて入った
「プリム様、プリム様ッ?!」
「……やられた!」
ハマダリンは飛び去って行った影を追い、飛び出す。
足蹴りを重ね、全速で向かう。
しかし、相手のほうが格段に早かった。どんどん影は小さくなり、夜空に溶けこんでいってしまう。
「……クソォッ!」
大師は相手の姿に見間違いがないか、もう一度、目を凝らす。
(やはり……、あれは「
「プリム様ぁ~ッ!!」
少女の悲痛な叫びが木霊する。
「ギィギィ」と、勝ち誇るような鳴き声が遠ざかっていく。
セレノアスールの災厄を引き起こしたのは、自奮の大師だけではなかった。タ行
いったい、この町に――
事態の混迷さに、ハマダリンは歯噛みするほかなかった。
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