神衣の禁術と大師共闘 8

 「痛覚」を失くした少女の思考は、次第に平常へと戻っていった。

 そうすると、とあることに気が付く――。


(熱い……。なに、この「熱さ」は……?)


 握られているから、というだけではない。巨人の手中は異様に熱かった。まるで、沸き立つ熱湯にからされているかのよう――。


(でも、気にしてる場合じゃない……。今は!)


 ガバと顔を上げると、プリムの巨大な頭の向こう、飛び向かってくる他奮たふん大師に美名は目をらす。


「リン様!」

「美名、!」


 少女がハッキリと叫び、しっかり刮目かつもくしている。折れず、壊れず、戦意をまだしっかりと保ってくれている。

 そんな共闘者へ、ハマダリンは「プリムを倒せる唯一の道」を告げた。


「魔名術の根源、!」


 小山のような肩を超えた大師は、飛び向かってくるまま、自らの平手を巨人へとかざし向ける。

 ヤ行他奮筆頭の「削寂さくじゃく」。居坂いさか随一、弱化の法術。

 プリムの膂力りょりょくが徐々に弱まっていくこと、美名はその身で実感する――。


「プリム様……」


 痛みは、もう邪魔にならない。

 指先、足先に至るまで、少女は力を満たしていく。


「私は……、自分にててませんでした。いつの間にか、劫奪こうだつの魔名に囚われてた……」


 ハマダリンが近づくごと、巨人の手が緩んでいく。

 ギリギリと五指ごしの堅牢がこじ開けられる。


「まだまだ……。未熟ですよね……。ぐっ、うっ……」

「……グォ、ぐぉ……」

「これじゃあ、これからのワ行のともがらに……。うぅ……! 示しが……、つきませんッ!」


 ついに、少女は巨大な手中から脱する。

 驚いたとでもいうのか、それとも、し合いでいくらかすじをやられ、その痛みがあるとでもいうのか、巨人プリムは狼狽うろたえるような仕草を少しだけみせた。


「美名、受け取れッ!」


 ハマダリンがほうってきた「かさがたな」を、美名は宙空で掴みとる。

 その一連を見届けもせず、大師はすでに次の行動へ――巨人の左手に向けて飛んで行った。


「リン様、に、ですね?!」

「そうだ!」


 共闘する大師らの意志疎通は、これで完了した。

 「プリムの両の手を、まったく同時に斬り落とす」――。

 少しもズレてはいけない。片方を斬り落としたとして、いくらか魔名術も弱まるだろうが、もう一方が残ったままであれば瞬く間に治癒されないとも限らない。

 

 これが、ハマダリン大師が見出していた「巨人化したプリムを倒せる唯一の道」だった。

 理解した少女ではあったが、唯一、懸念が走るのは――。


「侮るなよ、美名!」


 先んじて、大師の後ろ姿が叫んでくる。


「手首程度、私でも斬れる目算はつけてある! 見限ってくれるな!」


 あまりに巨大な手首とはいえ、頭を支える首ほどには太くない。目測では、だろう。そして、首の半分までであれば、ハマダリンの曲刀でも通ることは――。


「この機を逃すな! 美名にかけた『鋭気えいき強化』が消えたら、すぐに振り抜け!」

「はい!」


 美名はプリムへと顔を戻す。

 もともと、自分たちを特別に気にしている様子がなかった巨人ではあるが、さらに今は、捕まえたはずのに逃げられてしまったがためか、当惑して狼狽える様子もあった。

 大師が言うとおり、ここが機である。


 巨人の右手首を眼前に、少女は大剣を振り上げた。


「プリム様……。私たちは、あなたの魔名を断ち切ります」

 

 まもなく、高ぶった気がいくらか鎮まるのを感じ取った美名。

 「鋭気強化」が解除されたのである。

 ハマダリンから送られてきた、「斬れ」の合図――。


裁断さいだんッ!」


カァン


 巨大な平手は、いともあっさり、すっぱりと裁ち切られた。

 足を斬った時とはまったく違う。「即時治癒」など働いた気配はなく、手首を離れた手のひらは宙へと投げ出される。

 自奮の大師の魔名術は、今、その根源を断たれたのだ――。


「ぅッ?!」


 直後、巨体から放たれる強い光。

 目もくらむ光量に美名も咄嗟とっさに眼前を覆うが、プリムの巨体やセレノアスール、夜空の星々でさえ光の奔流ほんりゅうに呑まれてしまい、その形を消していった。

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