神衣の禁術と大師共闘 7

(光れ!)


 念じる少女は、右の拳を巨人の頬にめり込ませる。

 頬の肉は厚く、撃った拳もぬめりと呑み込まれてしまう。それでも少しは巨大な頭も後ろに傾き、美名はすかさずに左の拳も叩き込んだ。

 そうやって、いくつもいくつも少女は拳打を与えていく。


(光れ、光れ、光れ! 光って、私の魔名!!)


 咆哮の衝撃に吹き飛ばされた美名は、落ちゆくなか、手をしたたかにぶつけてしまい、その拍子に「かさがたな」を取り落としてしまっていた。その強打や落下衝撃によるケガはなかった(すぐに回復した)ものの、愛刀を瓦礫がれきの山から見つけ出すことは、すぐにはできなかった。

 少女は焦った。

 このまま、ハマダリンをひとりにしたまま、刀を探し続けるか。ふたたび、プリム大師を「殺し」に行くか。

 短い葛藤の末、少女は――。


(「奪感だっかん」でも、「奪地だっち」でも、「物貰ものもらい」でもなんでもいい! プリム様を止めて! 光ってよ!)


 そう念じて、少女は乱打する。ほのかに黒色をまとう拳を叩き込み続ける。


 果たして「奪感」は、相手から何をか奪えたか?

 「奪地」は、プリムから「重み」を盗んだか?

 「物貰」は、巨人の身に巣食う「異物」を引き取れたか?

 「ワ行劫奪こうだつ」の魔名は、響いたか?

 答えはすべて、いなだった――。


(なんで……、なんで光ってくれないの?! どうして?!)


 悲愴ひそうに顔を歪ませ、打ち込み続ける少女は、自身の背後にゆらりと近づく影に気が付けていない――。


「ぁッ?!」


 美名は、巨人の手に捕らえられた。

 からくも首から上は出ているものの、握り込まれた手から逃げ出せる隙間はない。がっちりと抑え込まれ、力も出しきれない。


「は、離して……、ぐ?! あ、ああぁッ?!」


 人家や教区館をいとも簡単に壊す膂力りょりょくで、プリムは捕まえたを激しく締め付ける。

 痛ましい悲鳴が辺りに響いた。


「う、ぅうがぁッ!」


 骨は折れた。肉も裂けた。

 だが、ハマダリン大師の他奮たふん術で極限まで高められた治癒力は、そんな身体を平癒に近い状態へ、すぐに回復させる。

 痛覚だけは別として――。


「い、ぐぅあ、あ、うわぁあぁ!」


 巨人は、その機が判ってでもいるのか、美名が回復しきると同時、締め付けを強めてくる。回復すれば握り込まれ、痛みに叫べば傷が癒える。そうやって、何度も絶叫が繰り返される。

 これまで、巨人化したプリムには言葉を発するどころか、意志らしいものさえないように見えていたのが、こればかりは別。まるで、美名が叫び散らすのを楽しんでいるかのような残酷さがあった。


「う、ぐゅ! ふあぁ、あぁ、あ……」


 際限なき激痛。

 あまりにも苦悶が極まり、ついに、少女の意識も消えかかる寸前――。


『勘違いしてやしないかい?』


 美名は、幻聴を聴いた。

 いや、「幻聴」ではなく、過去に実際に聞いた言葉だった。


『お嬢は、魔名を何か、勘違いしてやしないかい?』


 そして、幻覚も見た。

 艶やかな金色の髪を揺らして、妖艶に微笑んでみせる女大師――。


(モ、モモねえ様……。私……、私は……)


『魔名は、敵を倒すためにあるんじゃないよ。ヒトの旅路のため、神さんがくれた贈り物なんだ。頼りすぎちゃいけないものなんだよ』


(私は、また……。また、間違えたんですね……)


 少女からは、幻覚や幻聴でさえ遠ざかっていく。

 あまりにひどい痛みの連続に、身体より先に、少女の心が尽きかけている――。


『間違いなんて、ありはしないさね』


 モ・モモノの幻覚は、まるで、生きてそこに居るかのように答えるのだった。


『ホラ、その証拠に、美名嬢には仲間がいるじゃないか。あの子もアタシの秘蔵ひぞうっ子さ。これからも仲良くしてやっておくれよ?』


(仲間……?)


「美名ぁぁあぁッ!!」


 自分の名――魔名を呼んでくれる声を、美名の耳は、かすかにだが聴きとった。


『さ、美名嬢。寝てる場合じゃない。行っておいで……』


 取り戻したおぼろな視界、ハマダリンの飛翔がかすかに見える。こちらに向かってくる勇ましい姿。その手に大剣を携えて――。


「くたばるなよ、美名ッ! まだ終わりじゃない! 道は、私たちに残されているぞッ!!」


 モモノ大師の幻覚が笑って消えていき、ハマダリン大師の雄飛の姿に置き換わる。

 これ以上、みっともない思いはしたくない。

 美名はただ、巨人の手から逃れることだけに専心し、それに応えて光る劫奪の平手は、少女から「痛覚」を奪っていった――。

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