神衣の禁術と大師共闘 6

「美名ッ?!」


 咆哮は、巨人の後頭部側――ハマダリンに対しても並々ならぬ衝撃をもたらしていた。上空に吹き飛ばされながら、他奮たふん大師は後輩の名を叫ぶ。

 体勢を整え、制止した大師の眼下、巨人の頭はすでにに変わっている。


「美名、戻れ!」


 呼び掛けるも、少女の姿は現れない。


(墜落程度ではケガひとつないだろうが、気でも失っているか?)


 巨人は、標的を少女に変えたようだった。

 美名が突っ込んでいったがわに向き直り、瓦礫がれきの山をかき分けていく。「グォ」、「グォ」ときながら美名を探す姿は、さしずめ、獲物に執着する捕食獣のようで、ハマダリンでさえ怖気おぞけが走る光景だった。


「く……。プリム、こっちだ! 貴様の怨敵はこの私だ!」


 足蹴を重ね、ハマダリンは巨人へ飛び向かう。

 相手は叫んで迫る敵に警戒を払うどころか、気に掛けてくる様子もない。矮小わいしょう羽虫はむしにされた気分をふたたび味わったハマダリンは、巨大な「うなじ」の後ろにつけた。


(美名が斬った痕がある!)


 先ほどの美名の一刀は、自ら剣に精通するハマダリンの目から見ても見事な剣筋であった。必殺の一撃だと確信できた。

 しかし、「神衣かむいの究極」、プリムの「即時治癒」は、首を断たれても死なない生物を実現していた。断頭のひと太刀を、一本の赤筋を残すだけで、まったく無為なものにしてしまう。「対人戦闘に長じる」どころではない、不死の生物が今現在のソ・プリムである。おそらく、頭が粉砕されようと、胸に風穴を開けられようと、この巨人はしてしまい、どれも致命にはならないだろう。


「化け物がぁッ!」


 喊声かんせいを上げ、ハマダリンは曲刀を振りかぶる。「うなじ」に刃を入れ、美名がつけた傷痕をなぞって剣を走らせる。

 だが、頚椎けいついに届かないところで走りは鈍り、それ以上は少しも押し込めなくなった。「削寂さくじゃく」の他奮術を施しながらだというのに、大師の渾身の威力は美名の半分にも満たないわけである。「即時治癒」も働いており、道半ばに取り残されたハマダリンの愛刀は、肉の蠢動しゅんどうのため、ズブズブと「うなじ」に引きずりこまれていくようだった。


「く、この名刀は! 貴様には過ぎたものだッ!」


 ようやっとで「後世楽のちのよのたのしみ」を引き抜くと、ハマダリンは距離をとる。

 先ほどと同様、首を回転させての迎撃が来ることを危惧したのだが、ひとまず、咆哮は来ない様子。巨人は、曲刀が刺さっていた傷痕をすぐに塞ぎ、背中をに晒しながら瓦礫の中を進撃していくのだった。


(これでは、ひとり意地を張っていたとしたら、セレノアスールも私も終幕だったな……)


 宙に浮かぶ大師は肩で息き、疲弊ひへいの色が露わである。力を込め過ぎたため、腕も痙攣けいれんして戦慄わなないていた。


(だが……)


 ハマダリンの瞳に失望の色はない。この一連が無為に終わろうと、むしろ、希望を掴みとったかのよう、輝く光を宿していた。


! これで、に光が差したぞ!)


 あとは「プリムを倒す唯一の道」に必要不可欠な存在――。


「美名ぁッ! 戻ってこい!!」


 大師の呼び掛けに呼応するかのよう、瓦礫が音を立て、少女の影が空へと飛び上がって来た。

 二色にしき髪は乱れて、襦袢じゅばんの姿はほこりまみれ。血が流れた跡があるが、他奮術の効果だろう、傷自体は見当たらない。それよりも、少女の姿に、大師は気に掛かった。


「うああぁぁッ!」


 美名は巨人に向け、急突進してくる。


 大師が気になったことのひとつは、少女の紅い瞳に宿る気配が、これまでの純粋な「戦意」から、別のものへ変わったことである。

 「戦意」がなくなったというわけではない。むしろ、強まっている気配がある。だが同時に、今にも泣き出してしまいそうな「悲哀」の色も濃いのだ。

 おそらく、性根が優しい彼女のこと、必殺を期して放った一刀が失敗したことで、成功するよりももっと悪い、深い慙愧ざんき後悔の念に囚われているのだろう。このままでは、彼女の心が壊れてしまう――。


「うあぁあぁぁッ!」


 美名は、突進の勢いそのまま、巨人の顔面に


 大師が気になったことのふたつめは、少女がことだった。


「美名、刀はどうした?!」

「ふっ! うッ! らぁあぁッ!」


 ハマダリンの問いに答えず、美名は巨人を連打で撃ちつづける。

 突進力と他奮術で強化された拳撃。

 負傷は当然与えられはしないが、巨人プリムも後退あとずさるほど、美名の特攻は怒涛の勢いだった。


「刀はどうしたんだッ?!」

「うあぁあぁぁッ!」


 拳撃は止まない。

 その姿は何かを怖れ、寄せ付けまいとするかのよう――。


(飛ばされたときに手元から離れ、見つけられなかったか?!)


 ハマダリンは眼下に目を配せる。

 月光と燃え盛る火炎があるとはいえ、時刻は夜。このうす暗がりのなか、石や木、家財が壊されたままに散らばる瓦礫の山から大剣を見つけだすことは容易ではない。目に見えて明らかである。

 しかし、大師が考える「巨人を倒す唯一の道」には、なのだった。


「美名、絶対にやられるな! 絶対に死ぬな! 絶対に壊れずにいろ!」


 言い聞かせるように叫びながら、ハマダリンはセレノアスールの残骸へと身を飛び込ませていった。

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