神衣の禁術と大師共闘 5

「く、またッ?!」


 落ちてきた巨大な足をかいくぐり、「かさがたな」ですねを両断した美名だったが、瞬く間に傷痕が閉じられたことに歯噛みした。

 そこへ今度は、暴走馬車のような勢いで足蹴りが振りかぶられる――。


「こ、んなの……ッ!」


 間一髪、横にかわして避けたものの、振り抜かれた巨人の足は、石造りの民家を木の葉の山を散らすかのよう、軽々かるがると倒壊せしめた。

 

「これじゃあ、セレノアスールが全部、壊されちゃう……」


 土煙を立て、崩壊する人家を見遣りながら、美名は身を起こす。続けて、巨人のそびえる様にも目を上げた。


「プリム様……」


 美名にとって、ソ・プリムの印象は「穏和な女性」であった。

 半年前、「十行じっぎょう会議」の折、彼女の厳格さや融通の利かなさは垣間見たものの、それはむしろ、十行じっぎょう大師たいしとして役割をまっとうするためには必要なものであろう。事実、そういった「大師としての場面」でない限り、少女に対するときのプリム自奮じふん大師は総じて物腰柔らかく、丁寧だった。


「どうやって……。どうやったらプリム様は止まるの……?」


 並の魔名術を超えた即時治癒。

 気儘きままにもみえる圧倒的な暴力。

 対抗するすべなどひとつも考えつかない規格外の相手。それも、元来は姿すがたかたち、立ち居振る舞いを知っている先輩大師である。さすがの少女も、少しずつ戦意を削がれていた。

 それでもふたたび斬撃を仕掛けるべく、大木のような足に跳びかかろうとしたそのとき、美名は、自身の名が呼ばれていることに気が付いた。

 上方からである。


「美名!」

「リン様?!」

「上に!」


 見上げれば、月光のなか、ハマダリンが叫んでいるようだった。

 宙に浮かぶ大師には、左の腕、右の手、ふたたびに左からと、美名が見舞われた踏みつけや足蹴り以上の数、巨人による掴みかかりが休むことなく襲い掛かっている。それでも他奮たふんの大師は、そのすべてを流れるような身のこなしで躱していくのだ。

 足蹴による抵抗がありつつも、自らに刀を振るう機会がいくつもあったのは、その、大師のきつけのおかげであったと気付き、美名は、弱気になりかけていたことに恥じ入った。

 

「首だ!」


 そんな少女に喝を入れるかのよう、上空でハマダリンは叫ぶ。


「首……?」

「首を落とせッ!!」


 少女の脳裏に、先ほど大師に問われた言葉がよみがえった。

 「美名は、斬れるか?」――。

 同時に、先生の戒めも思い出す。

 「お前だけは、ヒトを殺めちゃいけない」――。 


(……でも、先生。今……、私は……)


 崩される人家。

 燃え広がる町。

 そして、なにより、自分を信じて巨人を惹きつけてくれている、敬愛すべき他奮大師――。


(斬るしかないんですッ!)


 少女は顔を上げると、放たれた矢のごとく跳び出していった。

 部位で言うなら「うなじ」。両手を拡げてもなお余るであろうくびはば

 美名は、巨人の背後を飛び上がってくると、「うなじ」を真正面に据え、大剣を振りかぶった――。


不全ふぜん裁断さいだんッ!」


 「かさがたな」の特有、斬り抜きの際の甲高い音とともに、横一線の剣閃が放たれた。

 刀の柄、小ぶりの手、細い腕。血流が流れるように、少女に「ヒトを斬った」実感が湧き上がってくる。じくじくと胸が痛むような、嫌な感触だった――。


(先生、プリム様……。ごめんなさい!)


 だが――。


「まだだ!」


 前方からの声があってようやく、少女は自身が目をつむっていたことに気が付いた。強敵を相手にしていたら、命取りにもなりかねない愚行である。そして、今、のは、まさしく強敵なのである。


「ッ?!」


 目を開いた美名は、驚愕する。

 斬ったはずの首がすでに繋がっていたことに対してではない。いや、首を裁ち切ったとしても「治癒力強化」ですぐに繋いでしまう自奮術。それに驚いたのもあるが、少女をもっと驚かせたのはだった。

 直前まで美名が向かっていたのは「うなじ」であったはず。しかし、目を閉じていた数瞬のあと、だった――。


「プリム様……!」


 身体の向きに反し、真後ろに回ってきた首。

 肉で膨れきり、「ヒト」らしい感情を感じられない相貌。

 茫洋ぼうようとして、少女の姿を映すだけの瞳。

 それでも美名は、初めて目の当たりにした巨人の顔に「プリム大師」の面影を見る――。


「グォオおォぉオッ!!」

「ぅッ?!」


 空気を震わすほどの咆哮。

 小柄な少女の軽い身は、絶叫の衝撃に吹き飛ばされ、瓦礫がれきの山へと突き落とされていった。

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