神衣の禁術と大師共闘 4

「プリム様は使役しえきされてるのでしょうか?!」


 ふたりの飛ぶ速度では、叫ばないと声が届かない。


「どうしてそう思う?!」

散雪鳥さんせつちょうは使役されてました! この騒ぎには『タ行使役』の魔名術者が関わってます!」


 考えこむようになったハマダリンだったが、すぐに首を振って返す。


「使役はヒトにかけられるものではない! ほかに術者がいようと、首謀は間違いなくプリムだ!」

「ですが……」


 納得がいかない様子の美名に、大師は平手をかざし向けてきた。すると、少女の飛行姿がまばゆく輝き出す。


「リン様、これは?!」

「可能な限りの『強化』の他奮たふん術だ! 『神衣かむい』ほどではないにしろ、身体能力と治癒力を高める!」


 「神衣」ほどに効能はないとはいえ、ハマダリンは当代居坂いさかにおける他奮術者の筆頭。美名は、かつてない気力体力のみなぎりを実感した。

 そうこうするうち、教区の最大都市であるセレノアスールをして、小さな箱庭を

遊び壊すような巨人の姿は、もはや眼前――。


「雑念を閉じろ! 美名は足を狙え!」

「はい!」


 巨体の寸前で、両大師は上下に分れる。


 上に向かったハマダリンは、あえてプリムの眼前に身をさらす。そこには、セレノアスールや下方に向かった美名から注意を逸らす意図があった。

 しかし、巨大な瞳は胡乱うろんに淀んでおり、そこに意志が通っているようには見えない。プリムがこうなる以前、自身に向けてきていたさげすみやあざけりの色さえ灯っていない。ただ見ているだけ。獣のように、動くものを純粋に捉えるだけ。うすら寒気さむけを覚える双眸そうぼうだった。


「私だ、プリム! 私を罰したいのだろう?!」


 ハマダリンは相手の顔の周りで飛び回り、チリチリと剣閃を走らせていく。

 しかし、身体に比すればあまりに小さなその傷も、ジュクジュクと音を立て、醜怪な光景で治されていく――。


(このような化け物になっても、まだ魔名は響いているということか?!)


 となれば、生半可に傷を与えていこうと意味がない。


「美名、上に……、むッ?!」


 相棒を呼びつけようとした大師に、巨人の腕が振り上げられる。まるで、壁が迫りくるかのよう、圧潰あっかい必至の平手打ちである。

 大師の身は、巨大な平手に捉えられ――はしたものの、打ち据えの瞬間、彼女はうまく身をよじらせ、指と指のあいだをすり抜けていった。

 続けて、二度、三度と同じように平手が放たれてくるも、ハマダリンは、卓越した身のこなしですべての難を逃れていく。


羽虫はむしにされた気分だ、バカ者め!)


 だがその回避にも、気を抜く余裕などありはしない。次々に襲い来る平手は、大師に美名を呼ぶ暇を与えてはくれない。


 一方、巨体に沿って脚部に向かった美名は、その耳に小さなうめき声を聞き取っていた。


(誰か、逃げ遅れてるヒトがいる!)


 声を頼りに、肉が垂れさがる股下を飛び抜けると、美名は数歩先の瓦礫がれきの下、上半身だけを見せて倒れている男の姿を捉えた。呻き声の主で間違いない。

 そのまま真っ直ぐ、美名は瓦礫を目掛けて飛ぶ――。


「らぁッ!」


 瓦礫を斬り壊し、男を拾い上げた美名は、すぐそばの地面に着地した。


「立てますか? 走って逃げれますか?!」

「うぅ、う……」


 答えずに呻く男を見れば、膝から下、血で真っ赤に染まっている。幸いにも骨折までには至っていない様子だが、ふくらはぎには裂傷があり、傷口からは肉が見えて痛々しい。走るどころか、歩くことさえできそうにない。


(リン様の『治癒力強化』が、私にはまだ残ってる!)


 美名はすぐさま平手を光らせた。

 すると、男は自身の平癒に気が付いたのか、きょとんとして少女を見返してくる。


「や、ヤ行さま……? いや、劫奪こうだつの大師様……?」

「つ、うぅ……。もう……、大丈夫なはずです……。 早く逃げてください!」

「は、はい! ありがとう!」


 男の避難を見届けるのもほどほどに、少女は自身の足元に目を落とした。「物貰ものもらい」で裂傷は、まだ少し痛むものの、そうこうしている間に塞がっていたようだった。


「さすがはリン様の魔名だわ……。あッ?!」


 ふいに、空気が固まりとなって落ちて来るのを感じた美名は、咄嗟とっさに横へと跳んだ。

 そこに落下してきたのは、極太の柱。巨人の一歩である。通りの石畳を吹き飛ばし、まるでそこから生える巨木かのごとく、肉を垂らした片足がそびえる。


「『足を狙え』……。プリム様、ごめんなさい!」


 ハマダリンから受けた短い指示が、「片足を不能にさせ、これ以上の進撃を阻止する」意図にあると的確に察していた美名は、その巨大な足に向けて駆け跳んだ。


不全ふぜん裁断さいだんッ!」


 光の矢のように駆け抜けていった美名には、「斬れた」という確かな感触があった。肉を斬り、骨を断った手応えがあった。

 だが、振り返って見てみれば、少女のその実感は裏切られてしまう。


「そんな……?」


 寸断したはずの巨大な足は、「かさがたな」による切断面から泡を吹き、傷を繋げていくようだった。この様子では、骨さえがれているだろう。それも、ほんの一瞬のあいだにである。


「サ行の治癒力強化……?」


 見る間に治癒された足は、ふたたび地から離され、少女の頭上へと振り上げられた――。


「クソッ!!」


 間一髪、転げまわるようにして踏み込みを避けると、少女はすぐに身を起こし、巨体を見上げる。


い虫になった気分だわ! もう!)


 果たして、この慮外りょがいの相手を撃退しうるものか。

 少女のおもてに冷や汗が伝った。

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