自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 6

(加勢を……、リン様のたすけをたのみにしてる場合じゃなかった! リン様も今、きっと! なにかしらの襲撃を受けてるんだわ! 加勢に行かなきゃならないのは、私だった!)


 「光る雪」が舞い落ちる空へ、美名は突進していく。

 歌劇団の助けに入っていたあいだ、爆発攻撃がなされた様子はない。いちばんはじめの爆撃のあと、しばらくは追撃がなかったことも合わせてみれば、散雪鳥さんせつちょうの「あけろし」は、そうそう連発できるものではないようだ。

 しかし今、向かう先の光景では「光る雪」がおおいにばらまかれている。

 あの「光る雪」が爆撃のもとであることは間違いない。そして、散雪鳥は深淵のような瞳にセレノアスールを映し、くちばしを開きかけている。

 「光る雪」に火をつけさせるわけにはいかない――。


「アンタは! 私ひとりで討ち取ってみせるッ!」


 空を何度も蹴りつける。

 ひと蹴りするごとに速度がつき、少女はぐんぐんと加速していく。

 排除しきったと油断でもしていたのか、散雪鳥が少女の接近に気付く様子を見せたのは、少しばかり遅かった。それでもすぐに頭を向けてきて、アヤカムは嘴を鳴らしかける――。


「させない!」


 美名は、一歩強く踏み込んだ。

 ぐんと勢いのついた特攻は「朱下ろし」への発火よりも早く届いたが、「かさがたな」の剣筋は巨鳥の体幹に届かず、少しばかり翼を裂いただけだった。のだ。


「くぅッ! 浅い?! ……ッつぅ?!」


 特攻の瞬間に美名の狙いが逸れてしまったのは、「ワ行・奪地だっち」を連続使用していた反動が、ここにきて現れたためだった。グラリと歪むような感覚に突如襲われてしまい、体勢が少し崩れてしまったのだ。

 鼻血を噴き、視界をかすませながら、美名は急制止して振り返る。

 浅くはあったが、不意をけた成果か、「朱下ろし」はなされておらず、散雪鳥は「光る雪」が振り撒かれた空域から、少し離れたところをフラフラと飛んでいた。朱色あけいろの羽をいくらか舞い落とし、飛行が覚束おぼつかない様子なのは、翼が傷付けられたためであろう。

 不調をかえりみず、美名はまた、強く踏み込んでアヤカムを追う。


「全部ぶつける! 私のすべてで、アンタを討つ!」


 空を駆る覇者といえど、翼が傷んでいる今、美名が追いつけない速さではなかった。町の上空を大きく旋回するアヤカムとの距離を、少女は少しずつ、少しずつ、縮めていく。ガンガンと鳴りだした頭痛に耐え、差を詰めていく。


「待て! このぉッ!」


 美名は、左手を突き出すと、散雪鳥へとかざし向けた。

 

「ワ行・奪感だっかん!」


 詠唱をするも、平手は黒光こっこうを放たない。


「くっ、ダメ?!」


(コイツが私を相手にしてこないのをなんとかしないと、追いかけっこしてるうち、私の方が先にダメになる!)


 ならば、と美名は、ふたたび平手を大きく開いた。


 「動く者を襲う」本来の習性からはずれ、美名から逃げるばかりの要因が、先ほど考えたとおり、「タ行使役しえきからの従属命令」にあるとしたら、それは、このアヤカムにとっては「自身に入り込んだ異変」、「病魔」のようなものであろう。

 ならば、「傷病をもらい受ける」劫奪こうだつ術で「病魔」を引き取れるやもしれない。散雪鳥を本来の姿に戻し、向かってこさせ、早期に決着をつけることができる。

 美名の直感に応えたか、平手からは黒い光がほとばしり、前を行くアヤカムへと取り憑いていった。


「ワ行・物貰ものもらいッ!」


 黒光が纏わりついた数瞬ののち、散雪鳥はふわりと浮き上がると、急に速度を落とした。少女が追い抜く格好となったのだ。

 しかし、アヤカムはすぐにまた、高度と速度を戻してくる。美名の後ろにけてくる。

 これまでとは明らかに違う動き。これまでとは明らかに違う目つき。

 美名の直感は当たった。散雪鳥は動く者を無差別に襲う、暴威の姿に返ったのだ。

 しかし――。


「ッ! ッうぅ?!」


 美名は、左腕から鮮血を垂らし、うめく。

 「物貰」の魔名術は、最前に与えた翼の裂傷をも引き取っていた。そして当然、それだけではなく――。


『消せ』


 少女の頭のなかで、命じる声が響いた。

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