自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 7

『燃やし尽くせ。セレノアスールの町を、すべて』


 気を抜けば自我を失くしてしまいそうに深く、怖気おぞけが走る命令の声。

 引き取った「タ行使役しえき」の魔名術が、美名へと作用してきている――。


『消せ。燃やせ。セレノアスールを! 今すぐに!』

「うるさい!!」


 少女は叫んだ。

 全快した散雪鳥さんせつちょうに追いつかれないよう、向かうところを目指して渾身で蹴り進みつつ、怒りを吠えて返した。


「どこのどいつだか知らないけど、こんな卑劣な真似をして! 自分の手を汚さず、多くのヒトを巻き込んで! 私はアンタを許さない! 絶対に許さない!!」

『消せ!!』

「うるさい! 私から、出てけぇッ!!」


 少女の怒号のあと、使役の命令はパタリと聞こえなくなった。

 憤懣ふんまん極まり、自らの不調さえも忘れかけた美名だったが、ちょうどそのとき、彼女の耳は後方で小さく「カチリ」と鳴る音を捉えた。


「ッ?! あっぶなぃ!」


 後ろにけていた散雪鳥が火炎を見舞ってきたのだ。発火音で気が付くことができた美名は、すんでのところ、下方へと身をかわして難を逃れた。


「アンタはこっちよ! こっちで決着をつける!」


 まだ油断してはいけないと気を張りなおすと、美名はくうを強く蹴り込む。


 まもなくして海上上空にたどり着いた美名は、空中でぴたりと止まり、後ろを振り返る。散雪鳥は変わらず、真っ直ぐに少女を追ってきていた。


(ここでなら町の被害にならない!)


 これまでの逃げ足から一転、少女はアヤカムに正対すると、強く踏み込んだ。

 ふたつの突風がお互いに向け、すさまじい速さで吹いていく。

 あと数瞬で衝突する間合い、散雪鳥はくちばしをカチリと鳴り合わせ、猛火を吐き出してきた――。


かさがたなァッ!」


 得物を突き出し、美名は火へと飛び込んでいく。

 何物をも神代じんだい遺物いぶつで炎を裂き、抜けた先、少女の身体は散雪鳥の眼前に飛び出した。

 そのままの勢いで突き刺すことを狙うも、飛行の動きは空の覇者、散雪鳥のほうが上手うわてである。咄嗟とっさに首を下げ、アヤカムは少女の下を抜けていった。

 だが、最接近できたこの機を、美名が逃すことはしない。

 もう少しで触れることができそうな朱色の背中へ、左の手をかざし向ける――。


奪地だっちかえしッ!」


 追い抜きかけていた散雪鳥は、その身に黒光こっこうを受け、がくんと体勢を崩した。浮上せず、見るに高度を下げていく――。


 美名は、飛ぶために奪っていたを散雪鳥に上乗せしたのだ。

 これだけの巨大な鳥である。自重は最大限に軽量化され、最小限に抑えられているだろう。そこへ、いくら小柄とはいえ少女の重みが加われば、まともに飛ぶことなどできるはずもない。事実、アヤカムは空中での自由が利かないことに混乱し、なす術なく海へと落下していく。

 今、この瞬間、空の覇権は少女へと渡ったのだ。

 くうを幾度も足蹴にし、落下するアヤカムに追いついた美名は、刀を大きく振りかぶる――。


不全ふぜん裁断さいだんッ!」


カァン


 鋭い音とともに、散雪鳥の長い首は断たれた。アヤカムには断末魔をあげる暇さえなかった。

 すかさず、巨鳥に手を伸ばし、と、美名は海面すれすれで急転回し、空へと浮かび上がっていく。命を失い、飛ぶ力もなくなった巨大な残骸は、派手な音をたてて落水し、大波を引き起こしていった。

 上空で静止し、肩で息つく少女は、沈みゆく影を見下ろしながら複雑な想いに駆られる。


「本当なら、アンタもこんなところで死ぬはずじゃなかったんだよね……」


 暗い海面にゆらゆらと浮かぶ、たくさんの赤い羽根。

 どこかもの哀しい光景に、美名はかつて見た、海に浮かぶ燈明とうみょうの景色を重ねていた。明良と一緒に眺めたヘヤの海。彼方かなた此方こなたに流れゆく魂の群れ。

 波に遊ばれ、揺らめくこの羽根も、散雪鳥が奪っていった命、白装束が奪った命、そして、散雪鳥自身の命を意味するのかもしれない。そんなことをふと思って、美名の心はずきりと痛んだ。

 

 哀切あいせつの想いを振りきるように、少女は教区館へ向け、飛んでいく。

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