自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 5

「ぷ、はぁッ!!」


 着水の角度がよかったのか、衝撃によるケガはないようだった。一瞬だけ失った意識も、冬の海水の冷たさのおかげか、むしろハッキリとした。

 海面から顔を出した美名は、すぐ先に岸辺があることに気が付いた。どうやら、美名が落ちた場所は、セレノアスール教区館からさほど遠くは離れていない、港湾沿いの区画付近のようである。


「寒い、寒いッ!」


 すぐさま「ワ行・奪地だっち」で海から浮上すると、散雪鳥さんせつちょうの影を探す。

 先ほどの「あけろし」は空中で発火されたため、町に被害はなかったはずだが、放っておけばすぐにまた、爆発攻撃で町を襲うだろう。早く見つけ、追わねばならない。

 しかし、そうやって空や周囲を見回していると、少し先の港湾沿いの道、なにやら光が明滅しているのを美名は見つけた――。


 *


「カ行・焔矢ほむらや!」


 槍や胸当てで武装した白装束の集団に向け、男が動力どうりきの炎を放つ。


「マルノ、もっと放て! 近づかせるな!」

「あぁあぁッ! もう、なんなのよ、コイツら?!」

「いいから放てよ! でないと、ジョンスたちみたいになっちまう!」


 白装束から放たれてきた氷矢ひょうしを撃ち落とすと、男は、背後の建屋の陰から顔を出し、こちらの様子をうかがっている少女へチラと目線を送った。


「セイラ、もっと下がってろ! 絶対にこっちに来るな!」

「う、うん!」


 教区館から逃れ、海岸沿いを避難していたセレノアスール歌劇団員たちは、この港湾の細い通りに出てきたところで、武装した集団と出くわしていた。

 はじめは守衛手しゅえいしゅか近隣からの応援と安堵したものだったが、警戒なく近づいていった先頭の数名は、有無を言わさず槍でメッタ刺しにされてしまった。

 残った者は咄嗟とっさに反撃するも、相手は武装しているうえ、魔名術での熟練も上回っている様子。動力の術はことごとく撃ち落とされ、盾でも弾かれる。相手方の数を減らすことができない。逆に、相手方は手数が多かったため、歌劇団のなかでも被害は免れず、炎の矢で火に巻かれる者、氷の矢で胸を貫かれる者。ひとり、ふたりと、倒れる者が増えるばかりの劣勢であった。

 今はもう、じりじりと距離を詰められている。残った者の魔名術の集中も、もはやちそうにない――。


「く、クソッ! リン様ぁ!」


 抵抗の限界を察し、男が叫んだ直後である。

 白装束らのあいだに一陣の風が吹いたかと思うと、十人近くいたこれらすべて、音を立てて地に倒れ込んだ。


「えっ……? なんで?」

「大丈夫ですか?!」


 呆気にとられる劇団員らの前に降り立ったのは、二色にしき髪の少女。

 大剣を手にし、ほとんど下着のような襦袢じゅばん姿。顔や腕、ところどころの火傷が痛々しくも、なぜか濡れそぼった少女であった。

 新たな乱入者ではあったものの、その少女の顔と素性はすでにセレノアスール中に知れ渡っており、団員らも今朝、遠目に見たばかりの相手である。彼女は少なくとも、敵方の増援ではない。


「あなたは……。ああ、ワ行の大師、美名様!」

「ありがとうございます、ありがとうございます! 美名様!」


 歓喜の声に取り囲まれながら、美名はチラリと、物陰に隠れる幼児おさなごに目をくれる。


「皆さんは歌劇のヒトたちですよね? 状況が判らないまま割って入っちゃいましたが、殺めてはいないので、そのうち気がつくはずです」

「そ、それは……。早く、なんとかしておかないと!」


 少女への喝采もほどほどに、劇団員らは白装束たちの装備から縄拘束を見つけ出すと、ひとり残らず縛り上げていく。


 美名が見とがめた魔名術の攻防は、一見しただけでも、この大災害の最中さなかにやるようなことではないとすぐに判った。なんとか止めねばと、美名の身体はほとんど無意識に現場へと向かっていたのだ。

 飛んで駆けつける短いあいだ、美名は建屋の陰に隠れる幼女の姿も捉えていた。あの女の子こそ、最前まで美名も見入っていた演劇、「散華さんげの前に」でアリヤを演じていた子。ならば、彼女を守るようにしている一方は歌劇関係者だろうと察し、美名はもう一方――白装束のがわをひとまずは昏倒させたのだ。


 困惑の色を浮かべ、美名は白装束らを一瞥いちべつする。

 歌劇関係者らの態度から察するに、彼らが見知っている相手ではないようだ。いったい、セレノアスールに何が起きているのか。この者たちは散雪鳥となにか関係があるのか。

 しかし、今の美名に思い悩んでいる時間はない。まさに今、その散雪鳥を野放しの状態にしてしまっている――。


「では、私はこれで!」


 美名はすぐに飛び上がっていこうとしたが、そこで気が付くと、「リン様は?」と急き込んで問いかけた。


「ハマダリン大師は一緒じゃないんですか?!」

「リン様は……、残られてます」

「……残った? 舞台にですか?!」


 「ええ」と動力術の女が頷く。


「なにか、残らないといけない理由があるみたいに見えました。それで私たち、先に避難してきたのですが……」


 言葉を濁し、女は周囲を見渡す。

 白装束とは別に五、六人、埠頭のそこかしこで倒れているヒトがいる。間違いなく歌劇関係者であろう。ヤ行他奮たふんと思われる者が介抱してはいるが、どのヒトもぴくりとも動かない。

 助けに入るのがひと足遅かったか、と少女の顔が歪みだした。


(でも、ダメ……。今はまだ、悔やんで悲しんでるようなときじゃない! まだ、をどうにもできてない!)


 美名は首をひとつ振り、顔を上げる。


「ごめんなさい! 私、行かないと! まだコイツらの仲間がいるかもしれません! すぐにこの場を離れて、物陰を逃げてってください!」


 それだけ言い残すと、少女は夜空へと飛び上がっていった。

 また少し涙が零れそうになったが、直下でアリヤ役の子が「お姉ちゃん、気を付けて」と投げてくれた声を励みに、美名はただ、月輪のなかに捉えた散雪鳥の影へ、真っ直ぐに向かう。

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