自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 2
プリムは背後で燃え広がる炎を
「ここしばらく、危険思想の垂れ流しがないという話でしたが、まさか、私が検分に訪れたこの夜、
「危険思想……、背信……? 今さら、魔名教会は歌劇を異端と判断したのか? 教主フクシロがそう言ったか?!」
「『
「狂ったか、貴様……」
ギリギリと歯噛みするハマダリンは、少し離れたところで転がる生首に目を遣る。
死に顔なうえ、落下の衝撃で損傷が激しく、正視するにも耐えない無惨さである。だが大師にとって、この顔は見知った人物。歌劇終演のあと、美名やクミと共に大都に向かうべく、呼び出していた
「ヘヨウ……。炎に巻かれた者ら……。誰も彼も、魔名を返さねばならない罪などありはしない。歌劇に見入っていただけ。『不足』の私の復帰を、心から喜んでくれただけ。急な呼び出しに快く応じてくれ、駆けつけただけ……。それを……、それを貴様は!」
裸体の女を
殺気
「……ふふ。ああ、いやだわ。背信者の目。
「私のこの
「ふふ。ふは、あは、あはぁはッ! 混沌にも劣る堕落者は、目も曇りきっているのか、何も見えていませんのねぇ!」
調子を外して不気味に笑うと、プリムは右の腕を伸ばし上げた。指を一本、ピンと立て、何かを指し示すかのよう。
ハマダリンは指先を追う。
見上げた先では、なにやら黒いものが夜空を行ったり来たりしていた。時折、「大きい月」の光輪に入り、いくらか影がハッキリするのを見るに、どうやら、その影の正体は、翼を持つ鳥のようである。それも、ひどく大きい――。
「バカな……。あれは、まさか、
「そのとおりですわぁ、この
驚愕するハマダリンを、自奮大師は唇を捻じ曲げた
散雪鳥とは、
気性が荒く、動く生物は見境なく、炎と爆発で攻撃する
しかしそれも、このアヤカムの生息域――混沌大陸近海に近づかない限り、脅威ではない。
少しでも領域を侵せばどこからか飛来し、襲撃を受けるが、
だが、散雪鳥と思われる影は、今まさに、混沌大陸からは遠く離れたこのセレノアスールの上空を飛び回っている――。
「なぜ、散雪鳥がこの場、貴様の言いなりになど……」
「あの神の使いがもたらす炎は、こうしているあいだにも堕落の町を燃やし尽くし、
プリムは、伸ばし上げていた腕をおもむろに下げる。そうしてそのまま、ハマダリンに向けて一本指を差した。
「『
指で差す侮辱の行為に、ハマダリンの
しかし、そこでハタと気が付く。
散雪鳥がただ飛んでいるだけというのはおかしい。
まさか、先ほどの強襲でセレノアスールが全滅したわけがない。まだ生きており、避難に動いている住民が大勢いるはずである。そして、伝承記述にあるとおりなら、あのアヤカムは動く者に対し、「
散雪鳥がそうしないのはなぜか。
その理由を、ふたたび顔を上げたハマダリンは見て取った。
「……見えていないのは、貴様も同じだな」
「はいぃ?」
今度は、ハマダリンが腕を突き上げる。
夜の空を一指で刺し貫くかのよう、凛然として指し示す。
「頼もしい後輩が真っ先に動いてくれている」
「……なんですって?」
言われて、プリムも夜空へ顔を上げる。
自奮術を用いて見えたのは、星々の間を縫うように飛ぶ散雪鳥へ、まとわりつくように飛び回る小さな影。
さらに目を凝らしてみれば、その影は、大剣を手にしたヒトである。月光を銀髪に透かし、光らせながら、散雪鳥へと立ち向かっていく少女の姿――。
「あれは……、悪逆の
プリムは、ハマダリンへと向き直る。
憎々しさが充満し、それで膨れているのではないかと
「この邪悪な町で、邪悪な者同士、いつの間にやら徒党を組んで謀略でも立てているんなぁッ!」
プリムの姿が、消えた――いや、消えたのではない。
目にも止まらぬ高速でハマダリンに接近し、プリムは手刀を放ってきたのだ。
だが、「神衣」で強化された手刀が
「ッ?!」
「狂ったがゆえ、忘れたか、プリム?」
「確かに、サ行自奮は対人戦闘において有利に働く。『神衣』を発揮した貴様は風のように駆け、
ハマダリンは、最前にコ・ヘヨウの首を見た際、察していた。
あの、ブレも歪みもない、あまりに綺麗な断首の
自奮大師プリムは、散雪鳥をけしかけてくるだけでなく、自身もすでにヒトを殺めている。まったくの
「だが、プリム。貴様の天敵は目の前にいるぞ」
刀を持つのとは逆の左。
ハマダリンの平手が、うっすらと青白い光を
「我が得意、『
「背徳者が、偉そうにぃッ!!」
刃を弾き合ったふたりの女大師は、燃え盛る炎に囲まれた舞台のうえ、ふたたびに間合いを空けた。
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