自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 1
「なんだ……? なんだ、これは?!」
舞台のうえからであれば、セレノアスールの町が一望できるはずである。海に向かって下る地勢に沿って造られた町、もっとも海寄りでもっとも低い位置にあるのは教区館建屋である。歌劇の舞台も兼ねる教区館屋上で顔を上げれば、観覧に没入する住民らの顔や姿が、いくつも見渡せていた。
だが、コ・ヘヨウの生首が落下してきて、
「リン様!」
「これは……、何が?!」
アリヤ役の子を抱きしめる大師の元へ、後方から、二十人ほどが駆け寄ってくる。人物役や歌唱役、器楽、照明などの裏方――大師
だが――。
「避難しましょう、リン様!」
「ダメ! 父さんと母さんのところに行かないと!」
「いや、こっちは
集まって来た者らの混乱は激しい。それぞれの髪の毛先を熱気で焦がしながら、泣いて、叫んで、
狂騒の渦中、大師はゆっくりと立ち上がった。
「鎮まれぇッ!」
ハマダリンの
「自らの身の安全が最優先だ!」
大師はひとりの男に目を向ける。
「ジョンス、お前が避難を先導しろ!」
「は、はいッ!」
「ナ行の魔名で
「判りました!」
続けて、ジョンスの背後にいた男女に目線を投げつけた。
「マルノ! ハットウ! お前たちは劇団員を守っていけ!」
「はい! 私たちの
「違う! 払うべきなのは火よりも煙だ! 火勢が強いところは避ければいい! 動力の風で、
「了解です!」
応答に頷いて返すと、大師は劇団の仲間たちに加えるかのよう、アリヤ役の子を押し出す。そうしてからひとつ、腕を横に大きく振った。
「『
「『行け』って……、リン様は?」
すぐには答えず、ハマダリンは足元の
「リン様……?」
「セイラ。今日のアリヤは今までで一番良かった。私が倒れていたあいだも、ちゃんと稽古していたのだな。偉いぞ」
笑いかけて褒めてやるが、少女の顔色は曇ったまま――。
「そんな顔をするな。私ならすぐに追いつく。はぐれないよう、皆にしっかりついていけ。そうしたら必ず、セイラは今夜も、父さんと母さんと一緒になってぐっすり眠れる」
優しい声色であったが、幼いなりに悟るところがあったのだろう、少女の顔はますます崩れていき、今にも泣き出しそうである。きまりが悪い様子で「心配するな」と続けたハマダリンは、直後、大人たちに目を配せた。
それを合図にして、ジョンスは真っ先に歩き出す。
マルノが少女を抱え上げ、彼に続く。
他の者も続いたあと、ハットウが最後尾となり、一団は屋上の海側へと向かっていった。
「心配かけどおしの『不足』の大師だな、私は……」
全員の姿が屋上から降りていくのを見届けたあと、ハマダリンはゆっくりと首を回す。そうして、炎の海を肩越しに睨みつけた。
「貴様はどうなのだ? プリム……」
身体を振り向かせ、刀を握り直し、ハマダリンは同格の名を呼びつける。
目の前の炎の海からは爆ぜる音しか返ってこない。だが、しばらくして、「どうして判りましたか?」と、穏やかな声音が火中より発せられる。
「……どうしても何も、何の動きも見せず、これだけの火炎のなかに身を置くことができ、それだけの殺気を放てるであろう人物……。私が知るところでは三人しかいない。『
「そうですか」
答えがあった直後、ハマダリンの眼前に人影が現れる。
ふくらかな体つきを惜しげもなく晒した裸体。炎の明かりで照らし上げられた豊満な身体は、奇妙に神々しくもある。
不気味な笑みを
「言い当てたところで、何の
「贖罪……? この惨状はやはり、貴様の仕業か? これは何かの罰だとでもいうのか?」
「自覚もありませんか」
「
「危険思想に
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