自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 1

「なんだ……? なんだ、これは?!」


 舞台のうえからであれば、セレノアスールの町が一望できるである。海に向かって下る地勢に沿って造られた町、もっとも海寄りでもっとも低い位置にあるのは教区館建屋である。歌劇の舞台も兼ねる教区館屋上で顔を上げれば、観覧に没入する住民らの顔や姿が、いくつも見渡せていた。

 だが、コ・ヘヨウの生首が落下してきて、町中まちなかに突如として起きた爆発。そこかしこで上がった火柱と噴煙。舞台からの眺望は、今や、猛る炎に変わっていた。


「リン様!」

「これは……、何が?!」


 アリヤ役の子を抱きしめる大師の元へ、後方から、二十人ほどが駆け寄ってくる。人物役や歌唱役、器楽、照明などの裏方――大師主宰しゅさいの歌劇に携わる者たちであった。

 だが――。


「避難しましょう、リン様!」

「ダメ! 父さんと母さんのところに行かないと!」

「いや、こっちは火勢かせいが激しい! いったん海側に下りて回り込むぞ!」


 集まって来た者らの混乱は激しい。それぞれの髪の毛先を熱気で焦がしながら、泣いて、叫んで、わめいている。

 狂騒の渦中、大師はゆっくりと立ち上がった。


「鎮まれぇッ!」


 ハマダリンの大喝だいかつは猛火よりもはげしく響き、一同を黙らせた。


「自らの身の安全が最優先だ!」


 大師はひとりの男に目を向ける。


「ジョンス、お前が避難を先導しろ!」

「は、はいッ!」

「ナ行の魔名で瓦礫がれきを排し、高所からの避難においては他の者を援けてやれ!」

「判りました!」


 続けて、ジョンスの背後にいた男女に目線を投げつけた。


「マルノ! ハットウ! お前たちは劇団員を守っていけ!」

「はい! 私たちの動力どうりき術で火を消すんですね!」

「違う! 払うべきなのは火よりも煙だ! 火勢が強いところは避ければいい! 動力の風で、みなが煙を吸い込まないようにだけ専心しろ!」

「了解です!」


 応答に頷いて返すと、大師は劇団の仲間たちに加えるかのよう、アリヤ役の子を押し出す。そうしてからひとつ、腕を横に大きく振った。


「『耐力たいりょく強化』と『躯動くどう強化』をみなにかけた。行け。セイラも連れて行くんだ!」

「『行け』って……、リン様は?」


 すぐには答えず、ハマダリンは足元の曲刀きょくとうを拾い上げた。


「リン様……?」

「セイラ。今日のアリヤは今までで一番良かった。私が倒れていたあいだも、ちゃんと稽古していたのだな。偉いぞ」


 笑いかけて褒めてやるが、少女の顔色は曇ったまま――。


「そんな顔をするな。私ならすぐに追いつく。はぐれないよう、皆にしっかりついていけ。そうしたら必ず、セイラは今夜も、父さんと母さんと一緒になってぐっすり眠れる」


 優しい声色であったが、幼いなりに悟るところがあったのだろう、少女の顔はますます崩れていき、今にも泣き出しそうである。きまりが悪い様子で「心配するな」と続けたハマダリンは、直後、大人たちに目を配せた。

 それを合図にして、ジョンスは真っ先に歩き出す。

 マルノが少女を抱え上げ、彼に続く。

 他の者も続いたあと、ハットウが最後尾となり、一団は屋上の海側へと向かっていった。


「心配かけどおしの『不足』の大師だな、私は……」


 全員の姿が屋上から降りていくのを見届けたあと、ハマダリンはゆっくりと首を回す。そうして、炎の海を肩越しに睨みつけた。


「貴様はどうなのだ? プリム……」


 身体を振り向かせ、刀を握り直し、ハマダリンは同格の名を呼びつける。

 目の前の炎の海からは爆ぜる音しか返ってこない。だが、しばらくして、「どうして判りましたか?」と、穏やかな声音が火中より発せられる。


「……どうしても何も、、これだけの火炎のなかに身を置くことができ、それだけの殺気を放てるであろう人物……。私が知るところでは三人しかいない。『石動いするぎ』のギアガン師か『去来きょらい』のシアラ。あるいは、『神衣かむい』のサ行自奮じふん大師……」

「そうですか」


 答えがあった直後、ハマダリンの眼前に人影が現れる。

 ふくらかな体つきを惜しげもなく晒した裸体。炎の明かりで照らし上げられた豊満な身体は、奇妙に神々しくもある。

 不気味な笑みをたたえた、プリム自奮大師であった。


「言い当てたところで、何の贖罪しょくざいにもなりませんよ?」

「贖罪……? この惨状はやはり、貴様の仕業か? これは何かの罰だとでもいうのか?」

「自覚もありませんか」


 「総十そうじ」のまとめ髪を陽炎かげろうに揺らし、プリムは顔をしかめる。


「危険思想にまみれたこの町……、いえ、もはやこの教区すべてですね。魔名まな真教しんきょうの教戒に基づき、この第八教区は断絶とします」

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