歌劇と客人 3

夜天やてんを見よ、アリヤ』


 相討ちの果て、倒れ伏したスカルは声を絞り出す。

 幼き少女は女剣士を小さな腕に抱えつつ、泣き腫らす顔を夜空へと向け上げた。


常在じょうざいと思える星々でさえ、いずれは消えゆくのだ。ならば、ヒトが死に絶えるのも、なにも哀しむ必要などない、当然のこととは思わないか?』


 スカルとアリヤ。物語のなかのふたりは、揃って同じ空を見上げる。観客らのなかにも同調し、首を上げるものが多い。

 そんなセレノアスールへ、夜空がいきな計らいをくれたのだろうか、「大きい月」のそばでひとつの星が流れ落ちる――。


『星は……、消えゆく間際、ことさら明るく輝くという。私も、散華さんげを前にして、日輪がごとく……、輝けただろうか?』

『スカル、スカル……』


 名を呼ぶ声を震わせながら、少女アリヤは女を強く抱きしめた。

 スカルの体躯たいくから、ちからが抜けていく。血潮ちしおが引いていく。命が消えていく。そうして、観る者すべて、彼女に今際いまわが訪れたことをさとる。

 ここまでずっと、絶えず静かに流れていた旋律もアリヤの慟哭どうこくき立てられるようにして哀切あいせつを増していく。そこに、死にゆく者へのはなむけの歌も乗りだした――。


ひとつの命が消え ひとつの星が光る

いずれ来る 終わりへの 旅がはじまる

愛と勇気だけを 供にして


「……ン? え? ン?!」

「ちょ、ちょっと……、クミ、クミ。静かにお願い……」

「あ、ごめ、え、でも! 今のフレーズって……」

「クミ!!」

「……ごめん」


 かつてない叱責しっせきを受け、小さなネコの身は縮こまった。

 ひと呼吸おいてから、クミはおそるおそる美名の様子をうかがう。

 少女はもうすでに劇中へ立ち戻った様子。自らもスカルをいたむかのよう、涙をポトリポトリと流して舞台を見つめていた。

 クミは、まだ驚嘆の声が漏れ出しそうなのをこらえながら、周囲を見渡す。トキばあに観客ら。次々に目線を送っていく。まるで、助けを請うかのような切実さである。

 

(さっきの! さっきの歌! 『愛と勇気だけを供にして』!)


 だが、誰もネコの視線に応えてはくれない。舞台か「曲光きょくこう」の映像に見入っている。弔歌ちょうかに耳を預けている。

 ネコのもの言いたげな様子に気付く者はいない。


(だいぶゆっくりのテンポだったけど、メロディーが似てた! 歌詞もほとんど一緒じゃない!)


ひとつの命が灯り ひとつの星が消える

歩みだす 繋がれた この世の旅路

愛と勇気だけを 供にして


(ホラ、また! と一緒! え? え? どういうコト? どうしての歌? えぇ~?!)


 クミは身を乗り出すと、ひとつ向こうのヤヨイを見た。

 目立つ動きだったためか、これにはさすがに少年も気が付いた様子。

 しかし、「なんだろう」という顔はするものの、美名をはじめ、周囲は観劇に没入する者ばかり。邪魔したらいけないと配慮したのだろう、ヤヨイは首を傾げるだけで声を掛けてはこない。クミもまた、何をどう言葉にしたらいいのか判らず、小さな口をパクパクとするだけ。

 

(この劇を作ったのはヨイちゃんじゃなくて、リン大師……。ってことは、リン大師は……、の? 日本にほんを知ってる?!)


 「曲光きょくこう」の像へ、クミは目を移す。

 夜空に浮かぶハマダリンの顔に生気はない。頬や額、ポタリポタリと落ちるアリヤの涙にも一切動じていない。まるで、本当に死んでいるかのよう、スカルを演じている。


(でも、大師の素振りに神世を知っているふうなトコロはなかった! 彼女の話で印象に残ってるのは、孤児みなしごだったって……。ヘヤの近くで迷子になってたって……)


 そこで、クミは思い至った。

 美名に出会う前、自分自身。

 今にして思えば、神世から居坂いさかに来て、はじめにいた森はではなかったか。


(まさか……、リン大師は……、……?)


 ネコが色違いの双眸そうぼうを大きく見開くところ、今度は隣の少女が「ン?」と声を上げた。

 そんな美名の様子にいち早く気付いたヤヨイが、小声で「どうかしましたか」と問いかける。


「何か、変な音……、聴こえませんか?」

「変な音?」


 口をつぐみ、ヤヨイは耳を澄ます。


「劇中歌以外、特に目立った音は……」

「いえ、確かに聴こえてます。『ギィギィ』ってきしむみたいな……。それも、だんだん大きくなってきてる……。この音、どこかで聴いた覚えが……」


 そのとき、衆目環視の舞台上でも動きがあった。

 死んだはずの女剣士スカルが急に起き上がり、傍らのアリヤを抱き込んだのだ。まるで、少女を何かから守るかのよう、自らの長身で覆い尽くす。

 その直後の舞台上、スカルとアリヤのすぐそば、激しい音を鳴らして、が落下激突した。

 この歌劇の筋書きでは、スカルは復活するのだろうか。

 星が落ちて来るのだろうか。

 いや、星が地に落ちたとして、――。


「スカ……、リン様?」

「見るな!」


 舞台上に転がったのは、男の生首。

 激突の衝撃だろう、頭蓋や肉をまき散らし、死相をひしゃげさせた頭部であった。


「リン様、どうされたのです?」

「……ヘヨウか? どうして……」


 セレノアスールの住民の大部分は「散華の前に」の筋書きを充分に知っている。

 スカルの復活。生首の落下。大師の渾身の一作に、このような流れがないことを知っている。

 ならば今、起きていることは何なのか?

 そのような疑念を抱く間もなく、舞台上の惨劇に悲鳴を上げる間もなく、セレノアスールの住民の多くは突如飛来した爆炎に巻かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る