歌劇と客人 2

 「散華さんげの前に」の開演から、半刻ほどが経った。

 「合い幕」とよばれる休憩に入ってすぐ、美名は隣のヤヨイに輝く顔を向ける。


「スゴイです、スゴイです! スカル様の孤独が切なくて!」

「ですよね!」

「でも、でもでも! アリヤの優しさに触れて、自分に最後にできることはないかって! それで、ひとりで領主館に乗り込むことを決意して!」

「ですよね、ですよね!」

「音楽も歌も、身体の奥に響くようです! 物語の中身と合わさって、どんどん引き込まれます! スゴイです!」

「ですよね、ですよね、ですよね!」


 歌劇の第一段では、ハマダリン演じる放浪の女剣士スカルと孤児アリヤとの出逢いが主題となった。旅で行き着いた町にて、飢餓きがのために命が尽きようとしていたところ、スカルは孤児の少女からひとかけらの麦包ぱおを分け与えられる。

 第二段では、自らも孤児であったスカルが、町や孤児らの窮状を自身の幼少期と重ねて心を痛め、悪政者の討伐を決意するところまでが描かれた。

 物語の残すところは、最終となる第三段。この「合い幕」のすぐ後である。

 感激しきり、興奮しきりの美名の期待は、休憩の間も上がっていく一方。合いの手を打つヤヨイとの盛り上がりにもますます拍車はくしゃがかかる。

 そんなふたりを、小さなネコは少し冷ややかな目をして眺めていた。

 劇が進むにつれて少女が身を乗り出すようになっていったため、これではゆっくり見物できないと、小さなネコはトキばあの膝上に避難していたのだ。


「クミも、これ! スゴイよね?!」


 ふいに振り返ると、少女は興奮の様子でネコに問いかけてくる。


「うん、うん……。スゴイけど、美名の語彙ごいもスゴイことになってて、今は、そっちの方が気に掛かるわ」

「だって、もう……。スゴイよ!」


 ひとつため息を吐くと、クミは美名越しにヤヨイ少年の様子をチラとうかがった。彼もまた、少女に負けず劣らずにキラキラと輝く表情でふたりを見てきている。


「……にしても、あんまり期待持たせるようにしちゃって、あとでメンドウなことになっても知らないよ」

「ン? クミ、何のコト?」

「なんでもないですぅ」


 ネコの様子に小首を傾げる美名だったが、またすぐにヤヨイの方へ体を向け直すと、感想の言い合いに熱を入れだす。

 クミはまた、呆れたように鼻を鳴らした。


「クミちゃんの住んでたトコロにも、歌劇があったんかい?」


 ネコの頭上、老婆のしわがれた声が落ちてくる。


「歌劇? あったよ。私は二、三度、観たことあるだけだけど……」

「リン様の歌劇もいいもんだぁ?」


 トキに問われたクミは、「う~ん」と唸りながら、美名やヤヨイ、周囲の観客らを見渡す。


(……正直いえば、舞台の造りや照明の効果、他の役者さんの演技とか、少しつたないかなぁって思うトコロもあるんだよねぇ。けど、リン大師の演技が抜群ばつぐんすぎる。主役だからその迫真の演技も出番が多くて、美名の感想ってわけじゃないけど、すごく圧倒されて、すごく引き込まれちゃう……)


 周りの者を眺める流れで、夜空に浮かんでいた「曲光きょくこう」の映像が消えていることにクミは気が付いた。代わりに、冬の星々のなかにひとつ、「大きい月」が昇ってきている。


(でも、なんだろう? な~んか、劇そのものじゃなくて、引っかかるのがあるんだよねぇ……)


 思いふけりかけたところ、視界の端にもの問いたげな老婆の顔がチラリと見えたクミは、「うん、そうだね!」と慌てて答えた。


「大師とセレノアスールが誇る歌劇、最高! ホント、時間が経つのも忘れちゃうくらい!」


 クミの言葉に、老婆はニンマリと表情を崩す。

 神世かみよと比べるは、いい加減に直そうと、小さなネコは自省した。


 *


ああ 剣士よ ひたすらに進め

向かう先にあるのは 希望と信じて


 舞台上では「散華の前に」の最大の見せ場、「連斬れんざん立ち回り」に差し掛かっていた。

 急き立てるような曲調の演奏と歌唱とを背景にして、ハマダリン演じるスカルの曲刀きょくとうが舞い回る。刀身がキラリキラリと光を照り返すたび、悪党らが跳び、仰け反り、斬り伏せられ――そうやってひとり倒れ、ふたり倒れするごとに観客からは歓声があがるのだった。


「スゴイ、スゴイ!」

「ホントに斬ってるみたい!」

「切っ先が絶妙に間隔を空けてるんだよ! 斬り下ろしも毛先くらいを残して寸止め! 撫で斬りも! あんなに大振りなのに、全然、手違いしない! リン様、刀も使えるんだね!」

「よくそんなにハッキリ見えるわね。でも、美名が言うなら確かね」


 手下てかをすべて払い倒したスカルは、いよいよ悪政者と対峙する。

 相手も剣を取り、一合、二合、斬り結ぶ。

 本来の力であればなんてことない相手であったが、飢餓のために体力が衰えていたスカルは討伐しきれない。そうして、剣撃の撃ちあいの果て、スカルと悪政者とは相討ちとなった。


「あぁ~……」

「す、スカル様……、そんな……」


 物語に入り込んでいる美名の他にも、そこかしこで悲嘆の声が上がる。

 そんな衆目のなか、舞台のうえでは、倒れ伏したスカルの元へ小さな女の子が駆け寄っていった。友愛ゆうあいの象徴、孤児のアリヤ。

 「散華の前に」の最終局である。

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