自奮大師の強襲と朱下ろしの散雪鳥 3

不全ふぜん裁断さいだんッ!」


 少女の渾身の一刀であったが、巨大な鳥は体長に見合わぬ俊敏な動きで身をかわし、離れていく。


 もう何度も、美名はこうして剣撃を仕掛けているが、アヤカムへは有効打ひとつ、かすり傷ひとつも与えられずにいる。疲労を如実に示すかのよう、少女の鼻孔からは鮮血が垂れ、夜空に流れた。


散雪鳥さんせつちょう……! 空中では、やっぱりが悪いわ!」


 徒労の連続ではあるが、今はこうするよりほかにない。少なくとも、こうして特攻を仕掛けていれば、執拗に狙っているらしき町への爆撃を中断させることができる。

 「住民らが避難する時間を稼ぐ」。

 教区館は直撃を受けていなかったようだから、もうまもなく、ハマダリンが混乱を収拾し、加勢を送ってくれるだろう。そう信じて、美名は「かさがたな」の柄を握り直す。

 喊声かんせいを上げ、美名はふたたび散雪鳥に突進していった――。


 この事態の発端は、観劇の真っ最中にもたらされた。

 劇の終局、舞台上に何かが落ちて来た直後、美名らが陣取っていた「悠夕ゆうゆう書架しょか」と教区館とのあいだ、見える範囲だけでも複数箇所、突如として爆発が起きた。

 セレノアスールの町中まちなかで一気に膨れ、広がる爆炎。

 朦々もうもうと上りくる噴煙。

 直前まで歌劇世界に没入していた人々は、突然の惨状に叫び、逃げ惑った。


 混乱の渦中にあって、爆発の原因が何であるか、少女はすぐに見極めた。

 スカルとアリヤのふたりが見上げていた星空。その空に異質な影を見つけたのだ。

 流星の尾のように火炎を引き、飛び回る――。

 クミとトキばあ、周囲の人々を町の外へ導くよう、急き込んでヤヨイに頼むと、美名はひとり、上空へと飛び上がっていった。


 空のうえで少女が対峙したのは、巨大で美しい鳥であった。

 広げられ、月光に照らされた翼は、大人の背丈の倍近くはあるようで、根元から風切かぜきり羽に向けて、赤から薄桃へと色を変える鮮やかさをそなえている。いわゆる「鳥」の顔立ちではなく、左右の目は正面を向いた形。クミ(ネコ)や、夜の森で獲物を狙うふくろうにも似た面相である。黒々とつぶらな瞳をしていて、どことなく愛嬌めいたものも感じるが、いかにも硬質そうなくちばしを無感情にカチリカチリと鳴らす姿は、あまりに不気味だった。


 はじめて目の当たりにするこの巨大な鳥が、三大妖さんたいようのひとつ、散雪鳥であることを美名はすぐに察した。見た目の特徴。巨大さ。火炎爆炎での襲撃手段。先生から教えられていた事柄にすべて一致する。

 同時に、先生の訓戒も少女の脳裏にぎっていた――。


『いいか? どれだけ強くなろうと、どれだけ経験を積もうと、自分を過信して、侮っちゃいけねえ相手がたくさんいる。そのひとつが三大妖だ』

『さんたいよお?』

『ああ。昏中音くらくあたるおとうろ蜥蜴とかげ、散雪鳥。この三種のアヤカムの棲み処、よく現れるような場所にはゼッタイに近づくなよ。もしも運悪く出会っちまったらすぐに逃げろ』

『そんなにアブナイの? よりアブナイ?』

『四つ目よりアブナイ。角猪つのししよりもアブナイ。危なくて強い。だが、俺の方がもっと強い。俺といるあいだなら、三大妖と出くわそうが屁でもないから大丈夫だ』

『先生はアブナイもんね!』

『そうだ。さっき言った侮っちゃいけないものの第一が俺だ。俺を敵に回すなよ?』

『わかりましたぁ!』


 ――しかし、かつての洞蜥蜴のときと同様、今、このときにおいて、美名は先生の言いつけに素直に従うことはできない。従えば、セレノアスールが壊滅させられる。


裁断さいだんッ!」 


 今度の斬りつけも、文字通り、くうを斬っただけ。散雪鳥は、ふわりと風に吹かれた綿毛のように浮き上がり、「嵩ね刀」を躱していった。

 だが、先生に教えられた剣が難なく避けられようと、手を緩めてはいられない。

 ふたたび突進をかけるべく、鼻血を振り撒きながら、美名は身を反転させた。

 しかし、振り返った先の光景に、少女はビクリと身を強張らせる――。


(近いッ?!)


 散雪鳥は眼前にいた。

 これまで、このアヤカムは少女と一定の間合いを測るかのよう、回避のあとには飛び下がっていたはずだ。

 しかし、今回は違う。

 巨大鳥は、両翼をやや前に傾けた姿で少女の目の前にいた。こぶしほどある漆黒の眼球を見開き、嘴をカチリカチリと鳴らしていた。


(マズい! 何か、来る?!)


 今度は少女が距離をとろうとするも――。


「キャッ?!」


 間に合わず、巨大な散雪鳥に比べればあまりに小さな美名の体は、紅蓮の炎に呑み込まれる。

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