演劇の町と大師の生い立ち 2
夕闇の
「『
顔を戻してきた大師の瞳のなか、穏やかさだけではない、淀むような色が少しだけあることに美名は気付く。
「フクシロ様はセレノアスールを
「判っているよ。だから言っているだろう? やっかみだと」
ハマダリンはまた、窓外の遠くに目を遣りながら、自嘲するように笑った。
「不調が長く、気が弱くなっていたといえば言い訳になる。だが、それでも少しばかり、私は悔しかった。『てれび』から目を逸らした。スピンが、私やマニィでは考えつかないところへ行き、考えつかないコトを居坂にもたらそうとしている。そのことに嫉妬した。『真名には不服。
ハマダリン大師の自嘲が極まり、
そんななか、ふいに、美名の膝のうえでネコが笑い出す。
「ちょ、ちょっと、クミ? いきなりどうしたの?」
小さなネコの笑い声は、寝室内で大きく響く。
「いやぁ、大師だなんだって言っても、結局、ニンゲンなんだなぁって思ったら、なんだか可笑しくなったの。思えば、今までの大師様もみんなそうだなぁって。タイバ大師もリィも、ニンゲン臭いなぁって。モモ大師だけがひとり、妖怪じみてたけどね」
「クミぃ……。だからって笑い飛ばすなんて、失礼だよ?」
「失礼だっていいの。駄々こねもやっかみも、したっていい!」
クミの快活な勢いに、大師も美名も、ヤヨイ少年も、揃って目をしばたたく。
「大師がフクシロ様を大事に思ってることには変わりないんですよね?」
「……ああ。あらためて認めるのは気恥ずかしいものはあるが……、そうだな。教主だということを置いても、特別な子だ」
「だったらなんにも、みっともないことなんてないです。フクシロ様も大師のこと、『家族のように思ってる』って言ってました」
「私が……、スピンの家族……」
「ふたりが家族なんだったら、ケンカしたり、気に入らないトコロがあったり、それで機嫌悪くなって無視しちゃったり……。そういうのが他のヒトよりも多くなるのは当然です。だって、家族って、他の人よりもずっと近くにいるんだから」
クミは美名の膝のうえ、
「でも、ちゃんと仲直りしないとダメです。そこまでやっての『家族』です。ちゃんと話して……、フクシロ様もそれを望んでるんだから。嫉妬してるだの、病気がキツかっただの、言い訳でもいいから、ちゃんと話してみればいいんだと思います。それから、フクシロ様と大師の想いとをいっしょにして、いっしょに『特別なモノ』を、新しく作っていく。セレノアスールを『演劇』で売ってこうってんなら、他の町が追いつかないほど、『演劇界最高峰の町』にしてやりましょうよ!」
「だが、しかしだな……」
「『だが』も『しかし』も、へったくれもないです!」
ネコの吠え姿に呆気にとられると、今度はハマダリンが笑い出した。
「こんなに小さいのに、クミは、まるで親のように叱りつけてくれるのだね」
「母親でしたから! 怒った経験はないですけども!」
「なるほど。
ひとしきり笑い終え、息を調えると、大師は「ああ、判った」と頷いた。
「小さな母親の言うことはしっかりと聞こう。
「はい!」
「
美名自身、体調に憂うべき点はないと自覚している。行き過ぎた心配かとも思えた。だが、自らを思っての心配り、無下にするのも
「サンキュウ、クミ。よりいっそう、元気が出たよ」
「え、うん。あ……? はい……?」
「もう。クミには時々、ヒヤヒヤさせられるよ……」
そう言って、美名はフワフワ毛のネコを撫で始める。
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