少女と彼女の真名の芽吹き 4
「無事か?!」
誰よりも早く我を取り戻したハマダリンは、すぐさま少女の顔を覗き込む。
腕のなかで美名は
大師自身、すでに自覚があった。
自らの病は綺麗さっぱりなくなった。
頭はハッキリと働き、いくぶん
美名が完全に引き取ってくれたのだ。「不治の病」を。
しかし、この病との付き合いが長く、それ以外にも様々な病状不調を
美名のこれは、治る――。
「ヤ行・治癒力強化! お前らも唱えるんだ!」
大師の一喝を受け、忘我から返ったばかりの術者らもいっせいに平手を光らせる。
ヤ行の眩しい光に包まれる小柄の少女。
傍らの小さなネコも美名の手をとり、ハラハラして相棒を見守る。
ほどなくして、大師の腕のなかで「無事です」とか細い声が上がった。
「ダイジョブ、美名?!」
「美名、無理には答えるな!」
「大丈夫です。大丈夫だよ、クミ……」
ハマダリンは美名をあらためて覗き込んだ。
応じるように、少女の紅い
(やはり……)
「モノははっきり見えるか? 喉が
「はい……。今は、全力で走ったくらいです」
「全力で走った、だと……?」
「はい」
訊いている間にも少女の
ついには、大師とネコから身を離し、美名はその場で立ち上がってみせた。その動作にもしっかりと芯がある。
「もう、本当に大丈夫……。ほら!」
少女は見せびらかすように、その場で跳躍した。ブレずにまっすぐ跳び上がり、着地も膝を使って柔らか。音さえしない。ふらつきもなく、不調を疑う余地は、すでにどこにも見当たらない。
「な、治ったってこと……?」
「そうよ、クミ。きっと、大師様と
少女はペコリとお辞儀すると、振り返って他奮術者らにも頭を下げた。
「大師様はお加減、どうですか?」
「あ、ああ……。これほどに快調なことは、久しぶりだ……」
クミやヤヨイ、ルマや術者らにも、ようやくにして安堵の空気が流れる。
大師と少女。ふたりは共に窮状を脱した。ハマダリンを
セレノアスールの英傑、ハマダリンの救済は成功した――。
だが。
(早すぎる……)
ハマダリンだけがただひとり、戸惑いを残す。
(確かに症状が出ていた。私の病は、美名に移っていた。それが、だ。私が術をかけるより早く、美名には快復の兆しがあった。私たちの他奮術は、ただ、その快復をいくらか早めただけに過ぎない……)
住人らに囲まれだした美名は、口々の称賛を受け、
ハマダリンは、そんなふたりから目を離せない。
(美名の回復力が尋常でないというのか?
ハマダリンの疑問は尽きない。
しかし、室内でひとりだけ、いまだに晴れない顔をしていたため、注目を集め出したことに気付くと、大師は威儀を正して自らも立ち上がる。
「私にも問題はない。
「おぉ」とどよめく室内で、大師は窓に向けて歩き出す。
明言があったとおり、彼女の歩き姿にも憂うべきところは見当たらない。確固として地を踏みしめて歩む、
「美名も来い」
「え、あ……、はい!」
少女の手を引くと、大師はふたたび窓辺に立った。美名も横に並ぶ。
眼下では、少女がギョッとするほどに多くのヒトが見渡す限りにいて、どれも心配げな顔色を浮かべていた。
数千に及ぶ瞳が、現れた大師と少女に注がれる――。
「終わった」
ハマダリンの言葉が、海辺の朝に明瞭に響く。
「この才女により、施術は見事に成し遂げられた。ヨ・ハマダリンは旅路を支えられた。この可憐な
人々は、一気に沸き上がった。
「私は、今この場、セレノアスールの
少女や大師の名を連呼し、
少し淀みの残る少女の胸を叩くような、
冬の晴天下に巻き起こる、歓喜歓呼――。
「あのぉ……。おおげさすぎじゃないでしょうか……」
気恥ずかしさに頬を染め、美名は傍らのハマダリンを見上げる。
大師は少女に顔を向けず、住民らに手を振ってやりながら、「なぁに」と笑った。
「ご覧のとおり、演出は過剰なくらいが観衆も喜ぶものだ。美名もほら、応えてやるといい」
二、三の瞬きをすると、美名も外へと向き直り、言われたとおりに手を振る。
これだけ多くのヒトから注目され、称賛の声をもらうこと。美名とて高揚してしまうのだろう、だんだんと手の振りは大きくなっていき、浮かぶえくぼも深まっていく。
そんな騒然のなか、優れた聴覚がため、聞き取ることができた小さな声。すぐ隣から発せられた、小さな「本当に感謝する」の言葉。
美名も小さく、「はい」と答えた。
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