気丈な他奮大師と誠心の劫奪大師 4
思わずだろう、後ろでヤヨイが何か言いたげにしたが、ハマダリンから
美名もまた、
「
ハマダリンは片方の手のひらを美名へと差し伸べてくる。
いったい何の仕草かと戸惑う少女だったが、大師からは「乗せてくれ」との求めがあり、美名は自身の平手を重ねた。続けて、クミも請われて、その小さな
「……温かいな」
触れる手が不自然に
「私が君たちから受け取るのは、この温かさだけで充分だ。この部屋を出たら全てを忘れ、スピンにも何も言わず、君たちの旅路を行くといい。この柔らかな手と愛くるしい
温かいというなら、少女が触れる手も温かい。
骨張っていても、震えていても、微かであっても、その手には確かな温かさが在る。血が通っている。
だが、温かなこの手の持ち主は、今、死にかけている――。
「帰りません」
離れかけた手を強く握って、美名は首を振った。
「見てください」
少女は背後を振り返り、見守っていたヤヨイとルマに目を配る。
「ヤヨイさんもルマさんも、大師様をすごく心配してます」
向き直って美名は、大師の
「トキおばあちゃんも『リン様を長く見てない』って寂しがってました」
「……そうだな。『
「セレノアスールのヒトたちだけじゃありません。事情を知らないフクシロ様も、大師様に会えることを願ってます。だから私はこの町に来たんです」
美名はネコの手ごと、ハマダリンの手を両手で包みこむ。大師の魂ごと掴んで、決して離しはしない――それほどに強く、握り込む。
「お会いする前から、私の心は決まっておりました。大師様の援けになることを決めて、ここに参りました。私ではやりきれないかもしれません。危険も承知です。でも私は、私の心に背きたくない。お世話になったトキおばあちゃん、ヤヨイさん、ルマさん。大師様を心配するヒトたちの
少女の真っ直ぐな視線を受けて、大師の目の色が変わる。それこそ叱りつけるかのよう、厳しい色が
それでも美名は、決して目を
「……君は、自分の魔名に懸け、私を援けてくれるというのだね?」
「はい」
「君の旅路を懸けてくれる、と?」
「はい」
「今夜、初めて会ったばかりの……、ヤ行の大師のくせに、自らの病さえ克服できない
少女は大きく、「はい」と頷く。
「不肖などではありません。ハマダリン様は素敵な大師様です」
無言のまま、少女と長く見つめ合うと、ハマダリンはネコにも目を向けた。
クミもまた、
「
ネコは即座に、「はい」と頷く。
ハマダリンは、二、三の瞬きをしてから、ゆっくりと天を仰いだ。
その所作は、神々に祈るがためではない。ましてや、天井に施された飾り彫りを眺めるためでもない。
ハマダリンの
気丈な大師はこれを
美名もクミも、ヤヨイもルマも、何も言わずにただ見守る――。
それから少し経って、ハマダリンは「オーケイ」と、小さな声を絞り出す。
「ならば、何も言うことはない」
大師は仰ぎ見るのを止め、少女へ顔を戻す。
ハマダリンの
「ここまで覚悟を決めた
口元を緩めて、大師はたおやかに笑う。
そういえば、と美名は、フクシロから聞き及んでいたことを思い出した。ハマダリンと先代の魔名教教主――フクシロの実母マアニンとは、親しい間柄であったということを。
「ヨ・ハマダリンは、美名劫奪大師の援けを借りる。いいのだね?」
「はい」
「オーケイ。……だが、より万全を図ろう」
「万全……?」
大師は首を傾げる少女の向こうに目をやって、「ヤヨイ」と呼び掛けた。
「お前の浅い考えでは危うさが残る。私を過大に見すぎだ。ヤ行の術者を集めろ」
「は……、はい! え? あ、はい!」
歯切れの悪いヤヨイの返答に、眉を
「集められるだけ集めろ、多くの他奮術者を。『治癒力強化』が使えれば段位は一切問わない。美名が私の病を引き取ってくれたあとは、私だけでなく、セレノアスールの全力で
「ですが、事情を知るヤ行他奮の者は、そう多くは……」
「バカ者め」と、怒声が飛ぶ。
すぐ傍にいた美名とクミの身が、思わずびくりと跳ねるほど、病人らしからぬ大声と気迫だった。
「知ろうが知るまいが、すべての術者だ」
小さく「コホン」と
「いっそのこと、『
「そ、それは……」
たじろぐヤヨイに、「早くしろ」ともう一喝。
それで緑髪の少年と執務部長は、急いで室を出て行った。
深く息を吸い、呼吸を整えてから、ハマダリンは手を繋いだままの少女に顔を戻す。
「美名、
「ね、寝る……、ですか?」
小さく頷くハマダリン。
「君には今、睡眠不足の
大師の見破りはそのとおりで、美名は昨夜、「よきヒト」の安否が気に掛かってろくに寝れていない。見透かされたようで、少女は少しだけ頬を赤らめた。
「君も大師の身の上ならば、魔名術に集中が肝要だとは知っているだろう? 寝るんだ。寝て、心身を整えてからにしよう。私も少し眠らせてもらう」
「は、はい」
頷く少女に、ハマダリン大師は微笑で返す。
気丈で厳格。端正な聡明さ。
このヒトを死なせはしない。
美名は心のうちで、固く誓った。
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