気丈な他奮大師と誠心の劫奪大師 3
扉を開けて一行が入った先は狭くもなく、広くもない寝室である。
室の左手には湖と林、青年らしき男、枝に止まる二羽の鳥を描いた写実絵画が三枚、壁面に掲げられている。その下には腰高の据え棚があり、棚の
室の向かいの右手前には刀剣立てがあり、数本分の入れ幅をたったひと振りの
「やあ、
室の
年は四十を過ぎたあたりだろうか。表情には微笑を
「起きてらして、お加減はよろしいのですか?」
歩み寄って訊ねるルマ部長に、ハマダリンは笑みを深めて「ああ」と頷く。
「ひさびさにヤヨイに説教をくれてやったからかな。調子がいいんだ」
美名は、大師が虚勢を張っているのだと悟った。
「調子がいい」という当人の様子から測れたわけではない。表情と声音からすれば、
それよりもむしろ、彼女の言葉を聞き、彼女の様子を見てもなお、心配げを増すばかりのルマとヤヨイの態度。初対面の美名よりもよほど親しい間柄であるはずのふたりが、つゆとも安堵の気配を見せないことから、大師は「好調」を演じていると察することができた。
「悪いね、美名。二度も無礼を働いたうえ、会うとなっても正装せず、このように無様な格好で」
薄青の寝間着姿の大師は、素早い目配せで少女の
「さぁ、傍に来てくれるかな?」
「……はい」
おずおずと寝台に近づく美名。
勧められた丸椅子に腰かけると、少女と大師の目線は、おのずと同じ高さになった。そうして、より近くで見てみると、ハマダリン大師の見目に少女は見惚れてしまう。
筋の通った
綺麗で強いヒトなのだ、と美名は思う。
少女の視線を勘違いしたのか、大師は「無様だろう?」と自嘲するように笑った。
「了解もとらなかったが、美名と呼ばせてもらってもいいかな?」
「はい。ぜひ」
「『美しい名』……。初めて聞き及んだときからずっと、いい魔名だと思っていたんだ。客人のクミも来てくれるかな。
言われて、クミも美名の膝のうえに跳び乗ってくる。そうすると、ハマダリン大師は「ネコか」と低い声で呟き、しげしげとクミを眺めだした。
思わず零れたようなその呟きは、かすれてか細い声音である。それが大師の現状の本来の声なのだろう。やはり、威厳を装っている。
しばらくの時間をかけてネコを眺め尽くしたハマダリンは、ようやくに美名に目を戻すと、「さて」と元の声になって仕切り直した。
「私の弟子が相談もなく、愚かな考えを起こして勝手に話を進めたようだが……」
少し離れて控えていたユ・ヤヨイに、ハマダリンは目を向けた。ほんの一瞬のことだったが、弟子がビクリと身を強張らせてしまったほど、怒気も露わな険しい目つき。的にされていなかった美名でさえ、背筋の凍る感を覚えるほど、病人らしからぬ威圧を放っていた。
その威圧もすぐに解かれ、美名に目を戻すと、大師は緩やかに首を振った。
「申し訳ない。帰ってくれないか」
「え」とひと言、少女は当惑の声を漏らす。
「このまま帰ってもらいたい。ここにやって来たということは、君のほうでも『
「は、はい。そのとおりです。大師様の
「必要ない」
強い断言に、美名は瞬きを繰り返す。
「ワ行劫奪の
威圧の目が、今度は少女に向けられた。
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