白の町と書店 2

「教区長はどなたにもお会いになりません」


 町の段々並びのもっとも海際うみぎわ、セレノアスールの教区館に赴いた美名たちは、手近な教会員に用向きを伝えると、この待合室に通され、しばらく待たされた。

 絵画や弦楽器、奇抜な意匠いしょうで、素人目にも不思議とおもむきのある家具調度品が並べられた待合室内。立場がゆえ、雑談するわけにもいかない少女とネコが、格調高そうな部屋に居心地の悪さを感じ始めた頃、ようやくにして入室してきた老婦人。

 もしや、このヒトがヨ・ハマダリン他奮たふん大師かと思いかけたところに、無下に言い放たれたのである。


「そ、そん……、え……?」

「出し抜けに失礼いたしました。わたくし、この第八教区の執務部長を務めております、レ・ルマと申します」


 執務部長といえば、教区運営における最重要の役職である。ルマと名乗った老婦人は、慌てて立ち上がる美名へ、手の甲を向けた挨拶儀礼をくれる。


「わ、私は……、・美名と……」

「存じ上げております。ワ行劫奪こうだつ大師様。そして、客人まろうどのクミ様でいらっしゃいますね」


 美名とクミのふたりへ、素早く目を配せるルマ執務部長。


 半年前のコ・ゼダンとの青空会談の直後、「てれび放送」により、魔名教会教主フクシロは「大都だいと帝国」の独立を認める旨を公表していた。その際、「新任の劫奪大師」と「客人」として美名とクミのふたりも「てれび」に顔を出しており、彼女らの身の上は居坂中が知るところとなったのである。

 以来、旅で訪れる先々、対面したヒトに自己紹介する前に「君がワ行の大師か」と言われることも少なくない。寒村の年端もいかない子どもでさえ「ワ行のおねえちゃん」を知っており、アヤカムかと身構えることもせず、クミを撫でまわそうと手を伸ばしてくる。

 すでに認知されており、初対面でもおおむね良好に待遇してくれるのはよいのだが、逆の場合ももちろんあった。身分を明かす前から不自然に素っ気なくあしらわれたり、怪訝けげんな顔をされたり。それは、少女が「ワ行」のためであろう。「劫奪」が裏切りの魔名だという悪印象は、やはり根深いのである。

 

 さて、眼前のルマ部長がどちらなのかといえば、美名にもクミにもうかがい知ることができない。言葉自体はきついのだが、語り口は柔らかく、ふたりへの心持ちを語りから察するのは難しい。顔色で探ろうにも、ただひたすらに表情のない、事務的な顔のままである。


「教主様もたびたび、いらしてくださいます。ですが、一日いようと、二日お待ちになろうと、教区長は絶対にお会いになりません。気を落とされながら、お帰りになられます。それは、あなた方でも同様です」

「……ハマダリン大師に、私たちが訪ねて来てることは、お伝えいただけたのでしょうか?」

「はい。あなた様が来たことを伝えた上での、教区長のご返答です」


 茫洋ぼうようとして瞬きを繰り返す美名に、ルマは「お引き取りください」と告げた。


「リン様の意志が変わることは、ないと思います」

「……美名」


 見上げてくる相棒に目を落とした美名は、ものを言いたげ、心配げにしているネコの顔に、むしろ気を取り直させてもらったのだろう。フッとえくぼを浮かべると、「行こうか」と軽い調子で言った。

 クミを抱え上げ、室の入り口まで歩いていくと、美名は執務部長に面と向かい、「また来ます」と微笑んだ。


「もしも、明日の朝日が気持ちよければ、大師さまのお気も変わられるかもしれません。また、お願いにあがります」


 少女の姿に目をみはった様子のあと、ルマ部長の顔には冷たい無表情のなか、少しだけ柔らかな色が混じったようだった。

 彼女はもう一度、手の甲を掲げ上げる。

 美名も手の甲を掲げ、おたがいに触れさせ合う――。


「ご滞在なさるのでしたら、部屋を用意しますが」

「いえ、大丈夫です。自分たちで宿を探すのも、楽しいので」

「そうですか。今は、観るべき物が開かれておりませんが、それでなくとも、セレノアスールはよい所です。ご滞在のあいだ、ぜひに堪能なさってください」


 美名はお辞儀すると、クミとふたりで室を辞していく。

 ひとまず、ルマ部長は「ワ行劫奪の少女」を悪くは思っていないよう。「他奮大師と会えなかった」という結果があっても、そのことをなぜか嬉しく感じ、廊下を行く少女の足取りは軽かった。

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