白の町と書店 1

「『ワぎょう借受かりうけ』!」

「……なんか、借金してるみたいでイヤなカンジね」

「う~ん……。『共力きょうりょく』! 共に力を合わせるの『とも』と『ちから』で『共力』。どう?」

「『カ行動力どうりき』とかぶるわね。あと、ちょっとアバウトで、あんまり強そうじゃない」


 秋に種をかれ、青々と伸び出している冬麦の畑。畑に沿った道を、二色にしき髪の少女が歩いていた。

 見渡す限りは農耕地であり、向かう先に阻むものはなく、視界は広い。空は曇天どんてん。昨日の降雪を引きずった、今にもチラついてきそうな鈍色にびいろの雲である。

 夏から比べ、肩にかかるまでに銀髪が伸びた少女の懐中では、小さな顔を出して、ネコがひとつ、大きな欠伸あくびをする。


 美名とクミのふたりは、第八教区の教区都、セレノアスールを目指す道中にあった。彼女たちがこの都市を目指しているのには、三週ほど前に理由がある。


 この年の夏の終わりに、「新任のワ行劫奪こうだつ大師」として「『真名まなの考え』を広める」ため、「居坂いさかの人々の生き方を観る」ため、そして、「美名の先生を探す」ため、ヘヤの港町からの旅路を始めたふたり。

 特に定める目的地はなく、人里があれば立ち寄り、つたなくも「真名」の説明をしたり、「神世の稼ぎ」である「保険の勧誘」をしたり、先生の足跡そくせきがないか聞いて回ったり、教主フクシロや大都だいと明良あきらと連絡を取り合いながら、第七教区から第四教区にかけ、ある意味では気ままな北上の旅の最中でのことだった。


『申し訳ないのですが、美名さんにお願いしたいことがあるのです』


 「神代じんだい遺物いぶつ相双紙そうぞうし」を通じた、魔名教会教主フクシロからの打診があった。その「お願い」とは、「ヤ行他奮たふん大師との謁見を試みること」。


 「真名宣布せんぷ」以降、召集の伝を出そうと、自ら赴いていっても、一向に会見してくれないヤ行他奮たふん大師ハマダリンに、教主フクシロは苦心しきったらしい。

 教主が伝え聞く限り、また、美名たちが旅のなかの噂を聞く限り、ヤ行の第八教区では暴動が起きてるわけでもなく、統制は非常に良好に保たれているようだ。教会への税の上納も変わらずにある。ただただ、教区の長、ハマダリン大師が頑なに会ってくれない、というのだ。


 「真名」に賛同か、否定か。他奮大師は教区運営や魔名教会、居坂について、どのように志向しているのか、直接に面会して意見を聞きたい。

 それをさし置いても、フクシロ――スピンという少女にとって、ハマダリンとは、逝去せいきょした母親と親しくしていて、幼い頃には自身もよく面倒を見てもらった相手なのだという。身内のように感じていた他奮大師に長らく拒否されることは、教主とはいえ、まだ若年じゃくねんであるフクシロにはこたえてしまい、心痛が深まりきったようなのである。

 そこでフクシロは趣向を変えてみようと思い立ち、美名に声を掛けた。「美名とクミ」。ヒトのふところに不思議と飛び込んでいくふたりであれば、あるいは――。そういう次第の依頼なのであった。


 快諾した美名は、滞在していた第四教区から、隣接する第八教区へと進路を向けた。それが三週前のことである。


 第八教区は本総ほんそう大陸の北西に位置する広大な教区ではあるが、教区都であるセレノアスールは南側のセレ半島の突端にあり、第四教区からの道程みちのりはさほど長くはない。もうまもなく到着する算段である。


「もう。文句ばかりつけてないで、クミには何かいい案ないの?」

「……『ワ行レンタル』とか?」


 道すがらの暇つぶしなのか、「ワ行劫奪」の「劫奪」は印象が良くないから、何か他にいい「ぎょうの名」がないものか、少女とネコのふたりは言葉遊びをしていたらしい。


神世かみよの言葉は却下ですぅ。居坂いさかのみんなに判る言葉でお願いしますぅ」

「む、むぅ……。小生意気に育ってきちゃって……」

「口が軽いネコさんには、これから少し、厳しくいこうと思ってます」

「何のコトか判らないけど、何のコトか判らないくらいに思い当たるフシばっかりだから困るわ……」


 そうこうするうちに、平らかだった道から緩やかな下りの傾斜へと入った。ふたりの眼下に海と町の景色が現れる。

 綿わた詰めの半纏はんてんを着込んだ少女のふところ、小さなネコは一望すると、「わぁ」と感嘆の声を上げた。


「キレイな町ね。写真でしか見たことないけど、地中海とか、エーゲ海とか、そんなカンジ……」

「これで晴れてたら、もっとキレイなんだけどね。前に来た時は、たぶん、春の晴れた日だったかなぁ」


 まだ点景ほどに離れているセレノアスールは、「白い町」であった。

 海岸線に向かって傾斜が下っており、それに沿って段々と家が建てられている町の造り。漆喰しっくいであろうか、どの建屋も白い壁で統一されている。美名が言う通り、晴天であれば、日に照らされた町の白は海の青にえ、さぞや美しい景観であったろう。

 しかし、今の季節は冬。空では雲が垂れこめている。暗い海色うみいろに白波がさざめいていて、それにさらされるような町の景色は、どこか不思議に寂寥せきりょうと焦燥とをクミに感じさせる。


「さて、頑固なヤ行の大師さまは、会ってくれるのかねぇ……」

「クミ。話をらしてないで、ワ行のいい案、出してよね」

「ううむ……」


 ふたたび歩き出した少女に催促され、ネコはうなりはするものの、それきり、しばらく無言であった。あまりに長く答えないので、少女は胸中のネコの鼻先で指を遊ばせる。

 出してきた前肢まえあしで「ふん」と美名の指を払いけると、ネコが言った。

 

「逆に考えてみてはどうでしょうか、美名さん」

「……逆?」

「『劫奪』はすでに、ワ行のぎょうの名前として定着しております。ですので、新しい名前を高らかに宣言しても、混乱を招くだけでしょうよ」

「ふむふむ。もっともです」

「ですから逆に、印象のほうを変えるのです」

「ほう。『印象を変える』とな。その真意は何ですか、クミさん?」

「美名さんが行く先々、ぶらり旅のなか、みんなのたすけになってあげて、『ワ行劫奪』はホントのところ、こんなにいい魔名ですよ、こんなに役立つ魔名術を使えるんですよ、って知らしめるのです」

「……なるほど」

「劫奪の名前を、いい印象に変えるのです。美名さんが! そのおててで!」

「おててで! なんだか可愛いので採用!」

「サンキュー!」

「ですが、使える劫奪術が『奪感だっかん』と『奪地だっち』と『物貰ものもらい』では、使いドコロが難しいです……」

「サンキュぅ……」


 言葉遊びの果て、少し意気を落とした様子のふたりではあったが、灰色の雲からふわり、ふわりと白い雪が落ち始めてきたのを見つけると、少女は一転、鼻歌交じりの上機嫌になる。

 白い町をさらにしらめる綿雪わたゆき

 町の囲い壁を眼前に据え、少女とネコは道を進んでいく。

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