品評の場と闖入者 4

「法を破ったな」


 静まり返った場内に、ゼダンの嘲笑ちょうしょうが際立つ。


「勝者にはほまれある生存、敗者には誉れある死去。それが、真剣の武で衝突しあった末にもたらされる『法』だ。貴様は横槍を入れ、その法を破った。お互いの死活を賭して到達した境地を、貴様は台無しにした。バリ大師が憤るのも当然だな」


 さとされずとも、明良あきらは重々承知している。

 見下ろす披露台、座り込んでいるソ・ブルドは、腑抜ふぬけきった様子。勝負に敗れ、優劣がまざまざと明らかになり、意気消沈した姿。自奮じふん術が残っているのだろう、筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの体躯はそのままであるが、先ほどまでより遥かに小さく、哀しく見える。先ほどまでの威圧の気配は、奴隷の男から消えてしまっていた。


「見よ。あの者の奴隷としての評価は武芸にるものだった。この決闘で、その評価は地にちた。あの者の奴隷としての旅路は潰えたのだ。バリによってではない。他ならぬ、貴様が潰したのだ。慈恵じけいのつもりか知らんが、半端なたすけは残酷にしかならん」

「ほざくなよ……」


 ゼダン王にキツイ一瞥をくれてやってから、明良は高台より跳び降りた。

 観衆の注目、バリのとがめるような目線、それらを集めながら、へたりこんでいるブルドの傍へ駆け寄っていく。


「立て」


 男を見下ろして、明良は命じるように言った。


貴方あなた槍術そうじゅつは素晴らしいものだった。立つんだ。立って……、誇って、そうして、これからの旅路を行くんだ。技を磨くんだ」

「奇計を用いて、それでも負けて……。磨けるわけ、行けるわけが……」

「……死んだほうがよかったとでも言うつもりか?」


 明良はブルドの手首をやおらに掴むと、披露台のうえ、男の身体を引きっていく。

 自らよりもひと回りは大きい男。抵抗する気配もなく、まるで、雪舞うなか、荷車を引いているかのよう。明良はもの哀しく感じながら、ブルドを引っ張っていく。

 やがて、きわまで来ると、少年は男を台下に放り投げた。


「見ていろ」


 見上げてくる奴隷に、明良は告げる。


「今、これから、俺があの附名ふめい大師を倒す。それであの男が今の貴方と同じように腑抜ければ、ふたりを並べて俺の手下てかにする。ならなければ貴方ひとりだけだ。『死にたい』などと愚考及ばないほど、こき使ってくれる」

「……」

「貴方にも奥方やよきヒトがいるだろう。どれだけ勝負の法を重んじていようと、そのヒトの心を沈ませることを、俺は許さんぞ」


 呆けたようなブルドを振り切るように身をひるがえすと、明良はオ・バリに面と向かう。

 相手は雪降りに溶けこみつつ、蒸気をまとって静かに立っていた。


「……僕を倒す、か。ゼダンは、君にとっても敵のはずじゃなかったかい?」


 一瞬だけ上方じょうほうの敵を見遣ってから、バリは少年に目を戻す。その顔向けのままに身を屈めると、脇に転がる「合わせづつ」を拾い上げた。


「どういう経緯いきさつかは知らないけど、が立ち塞がると言うなら、僕は躊躇ちゅうちょしない」


 正対して、あらためて感じる明良。

 半年前の対戦にて、明良はバリに、為す術なく追い詰められた。見切るどころか、余韻さえ捉えきれない剣速。抜刀と同時の瞬間、爆発するように襲い来る攻め気。

 今、眼前で静かに立つ男は、その記憶よりも遥かに強いであろうことを肌に感じる。いや、むしろこれこそ、隠遁いんとんを辞め、叛意はんいを猛らせた彼本来の姿であろう。

 居坂いさか当世一の武芸者、オ・バリ。

 明良は奥歯を強く噛みしめ、おののく心を鎮めにかかる。


「この『合わせ筒』は僕が使わせてもらうよ」

「……上々だ」


 「加速」の性質の遺物の鞘へ、白刃を納めるバリ。

 「増幅」の性質の遺物の刀を振り上げ、上段に構える明良。

 奴隷品評の場、帝王の提案で突然に様相変わった「勝ち抜き」戦。闖入ちんにゅうの刺客がかの王に到達するための第二の対峙。

 少年と附名大師との双立そうりつが、降雪の景色のなかに定まった。

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