品評の場と闖入者 3

 バリを囲んでいた近衞や、評定ひょうじょうの対象であった奴隷ら。彼ら彼女らは遠巻きを広げ、やがては台上からも引き下がっていった。

 完全に衆目を独占する形となった武芸者ふたりであるが、当人らはまるで、この宮殿広場にふたりしか存在しないかのよう、お互いを見据えたままに微動だにしない。

 

(ふたりとも、すさまじい集中だ……)


 うしから「幾旅金いくたびのかね」を鞘ごと手に取った明良あきらは、心気しんき深まるふたりを見下ろして固唾かたずを呑む。

 

(あの奴隷の男……。ゼダンは見下げていたが、それはまとを外している……)


 相対あいたいする者がオ・バリであるからこそ、明良には大都だいとの首席奴隷、ソ・ブルドの力量を測ることができた。

 少年にとってバリは、不意打ちに近かったとはいえ、過去の対戦で手も足も出なかった相手である。必殺の「居合いあい」を易々やすやすと撃たせてしまっている。

 それが今、放たれる気配がない。ブルドには撃ち込めるすきがない。

 旧知、あるいは、ブルドが一方的に知っているだけかもしれないが、バリもまた、相手の力量をさとっているのだろう。容易い敵ではない、と。


(長引くが……、決着は一瞬だ!)


 明良の予見どおり、膠着こうちゃくは続いた。この意味を判ることができない観衆から、野次やざわめきが起き出してくるほどに。

 かすかに騒々しくなりつつも、披露台上のふたりは、それぞれの得物である槍と刀とでちょうど埋まる間合いを保ったまま、呼吸さえ忘れてしまったかのように静止している。ふたりの相対そうたいは頑なだった。

 やがて、にわかに小雪が降りだすと、仕掛けた大都王、ゼダンは可笑しそうに鼻を鳴らした――。


曇天どんてんしびれを切らすほどか……」

「黙れ……。邪魔になる」

「なるわけがない。たとえ今、ヤツらの耳元で絶叫があろうと、瞬きひとつ起こさない極致がこれだ。よもや、今世こんせいでこれほどのものが見れるとは、僥倖ぎょうこうだったな」

「……」


 それからまた、高座でも沈黙が落ち、観衆らの弛緩も極まった頃、少年が鋭敏に感じ取る。


(動く!)


 何がきっかけであったかは知れない。

 だが、明良が察知した直後には、ブルドの半裸が――もとからしてたくましい身体つきが、瞬時にして、さらにみなぎった。


(サ行自奮じふん術か!)


「つぁッ!」


 突き放たれた三叉さんさの槍。掛け声が発せられたときにはすでに、尖鋭の穂先は剣術家の眼前にあった。

 だが、明良はまたも、判じ得た――。


(バリは避ける!)


 果たして、少年の直感どおり、槍先は空を切る。

 附名ふめいのバリは後ろ足を大きく引くと、構えをそのままに半回転し、顔面の寸前、突きを避けきっていた。

 観衆からは「おぉ」と感嘆のどよめきが起こるが、当然、槍術家には次の手がある。


ぎが来るぞ!)


 突きを避けた相手への横薙ぎ。単純ではあるが、効果的な追撃である。

 しかし、少年の今度の直感は外れた。


(なんだッ?! なんのつもりだ、アレは?!)


 槍の柄が横に流れたことは流れた。だがそれは、バリとは逆側へ飛んでいったのだ。まさに、空を切るために振り回されたかのよう。

 不可解な所作に、見守る少年は戸惑い、正対する達人は機とみた。

 オ・バリの瘦躯そうくに、抜刀の気がほとばしる。


(「居合」ッ……!)


ダァンッ!


 雪舞う曇天下に響く、バリの足蹴。

 相手まで三歩以上はあったはずだが、バリはたった一歩。強い踏み出しでその差を縮め、剣先を走らせていた。一挙に間合いを詰め、必殺の「居合」を仕掛ける。

 だが、相手の姿は剣閃上に


(槍使いも踏み込んでいたッ?!)


 少年が意表を衝かれたとおり、ブルドはバリが踏み込んだのと同時、体を反転させ、一歩、進めていた。バリの踏み込みほどではないが、大きな踏み出し。これにより、

 ブルドの隆々の背に、すんでのところで刀は届かず。

 しかし、空振ったバリには。ブルドの槍は、持ち手が踏み出した直後、ふたたびに突きとして放たれていたのだ。

 どういう意図かと不可解であった槍の動きは、これを見越していたか、バリを誘い出したものであろう。回ってきたがため、相手に迫る先端は三叉みつまたの穂先ではない。鉄ごしらえの石突きである。鋭利でないとはいえ、突く速度が尋常でないため、当たりどころが悪ければ致命になりうる猛撃――。


(決まるか?!)


 見定めた明良が右腕を掲げ上げた、その時である。


ダァンッ!


 曇天下に響く、踏み込み音。

 オ・バリは、脇腹を石突きにかすらせながら、二度目の踏み込みをしていた。一度目よりもさらに大きく、より強く、まばたきより短い刹那せつな、間合いを詰めていた。

 ゆえに、バリの刀は届く。相手を襲う。空を裂き、ふわ雪を散らせながら、好敵手を絶つため、振り下ろされる凶刃――。


カァン!


「ッ?!」


 しかし、突如として割り込んできた物体に、剣撃は阻まれた。

 ナ行識者しきしゃがどんなに集中を込めて固めようと、断ち切ること明白だった剣閃の勢い。それを受けてなお健在、地に叩き落とされたのは、黒い光沢を放つかたなざや

 元来の持ち主であるため、その刀鞘が「神代じんだい遺物いぶつ・合わせづつ」であること、オ・バリにはすぐに知れた。そして、どこからそれが放たれたかも。

 斬られると覚悟したブルドも、斬るものと見ていた観衆も、事態急変に唖然とするなか、バリはただひとり、顔を上げた。視線の先に、高台のうえ、刀を振り下ろした姿の少年を捉える。


「……明良ァッ!」


 見上げてくるか細い眼には憤りの色濃く、殺気さえ込められているかのよう、明良には感じられた。

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