品評の場と闖入者 2

 大都だいとの催し事への乱入者が突然に発した無礼。

 剣先を突き付けられ、いかな返答が飛び出すか、大勢の注目を集めながらも、ゼダンはもったいぶるようにゆっくりと立ち上がった。相手を見下げる目には今日一番の好奇の色を浮かべつつ、「見違えたな」との言葉が吐き捨てられる。


「過去に相対あいたいし、私が難敵とみるや、一目散に逃げ出した者とは思えん。どこかで心変わりでもあったか?」


 問いかける言葉ではあるが、バリの意気いき軒高けんこうの理由にはゼダン自身、見当をつけているのだろう。後ろの少年にちらと目線を配ると、息を継ぐよう、ふんと鼻を鳴らす。

 対するオ・バリは、うっすらと開かれた目に殺伐の光を強めるのみ。仇敵を見据えたままである。


「……受けるかどうか、それだけを答えていただけますか」

「意気がるな、餓鬼がきめが。私が今、手を振れば、いかに足がすくんでいようと、近衞たちは魔名術の集中を貴様に浴びせる。そうしなければ、のだからな」


 殿上てんじょうの言葉に焦り、発奮したのはバリを取り囲む近衞連中である。いっせいに平手を光らせ、得物を構えだした。

 標的と定められたバリは、素早く周囲を見回すと、それだけで包囲者らとの間合いを測りきったのか、大きく息を吸い込んで抜き身を鞘に納める。

 一触即発の披露台。

 だが、その剣呑けんのんを制したのもゼダン。彼の「待て」の言葉だった。


「認めよう。魔名の返上が確実なことを知りつつも、策をろうさず、正面から向かってくる貴様のその、あまりに清々せいせいとしたを」

「……判りづらい言い回しだな。はっきり言ってくれませんか」

「受けると言っているのだ」


 決闘受諾の明言に、広場ではさざめきが波及する。

 しかし、その騒がしさを叱責するかのよう、強く発せられた「だが」の喝に、観衆はふたたびに静まる。


「だが……、とは?」

「条件がある。『評定ひょうじょう』の興を削いだ無粋さをあがなってもらうため、貴様にも祭りを盛り上げてもらおう」


 納刀した得物の柄に手を掛けながら、バリの睨みはこのとき、威圧が高まったようだった。

 当然ではある。身命しんめいを賭けて挑んでいる勝負を、あたかも遊興であるかのように言い上げる怨敵。バリの半眼はんがんから憤怒の色がほとばしるのも無理のないことだった。


「『盛り上げろ』とは……、相当に見当違いな要求だな、ゼダン!」

「見当違いなどではない。勝ち抜くのだ。貴様は私が指名する者と戦い、勝てば私が出張ろう」 

「『勝ち抜く』だって……?」

「本来であれば幾重いくえもの壁を超え、幾重いくじゅうもの死体を積み上げねば届かない我が椅子の下だ。それをさせてやろうというのだ。興を削がれた都民らも、暴漢のあっけない死を見せられるよりも、そのほうがより楽しめるであろう?」


 ゼダンの言葉には、バリも困惑で顔をしかめ、観衆はどよめく反応を見せるしかできない。

 そんななか、大都王の背後、少年だけがただひとり、思惑をさとって舌打ちを鳴らした。「品評会の興に添えられるのは――見世物とされるのは、自分とバリ。ふたりの対決である」。「自分か附名ふめい大師か、いずれにしろ、ゼダンにとっては有害な者の少なくとも一方、公然の場で始末をつけるつもりだ」。

 しかし、明良の苦りきった様子を嘲笑うかのよう、ゼダンは眼下の披露台に目を注ぐ。包囲網から少し外れ、槍を携えたままでいた首席奴隷ソ・ブルドを見遣って、「貴様」と呼び掛ける。


「貴様が戦え」

「私……? 私が……、この方とですか?」

「そうだ。貴様は武を誇る者であろう? これより他の見せ場などない。見事打ち倒せれば、貴様の評価額は跳ね上がろう。私はその十倍の額で貴様を買う。王座の次席を貴様のために新設し、貴様と貴様の子孫、永年の安泰を約束してもよい」


 当惑する武芸奴隷であったが、ゼダンの言葉に焚きつけられたのか、次第に闘志みなぎっていく様子を見せだすと、ついには包囲の近衞らを払いのけ、闖入ちんにゅう者バリと正対する。

 それに困惑するのはもちろん、オ・バリ。


「本気ですか……?」

「手合わせ、いただけますか。ア行の大師、オ・バリ」

「……私の相手はアナタではない。あの奸人かんじんに、いいようにもてあそばれているだけですよ?」

「……手合わせいただけますか」


 披露台上での問答もあるが、高座のうえでもいさかいの気配が起きている。少年が怒気を込めて、「おい」とゼダンを呼び掛けたのだ。


「バリの件は俺が引き受ける約束だったはず……。どういうつもりだ?!」

「黙れ。焦らずとも、あの奴隷の次は貴様だ。貴様が死ねば、次は私だ」

「俺は余人よじんを巻き込むなと言っている!」

「ほう。貴様はあの奴隷の武威を『余計なもの』と見限り、おとしめるのだな?」

「……何だと?」

「見よ」


 促されて見下ろした先、槍使いの奴隷は静かに得物を構え上げている。

 ひとつの揺れもなく定められた槍先。バリを見据えた半眼。静謐せいひつ深奥しんおうな気迫が、槍使いの体躯には満ち始めている――。


「附名の筆頭となる以前、あなたは名うての剣術家でありましたね」

「……」

「過去に一度、あなたの練磨試合を観たことがあります。参加した武辺ぶへんものらのなか、あなたは最も年少でありながら、他の者を圧倒する『居合いあい』の剣技をきらめかせていた……。あなたが行方知れずとなってからも、機会あれば手合わせ願いたいと愚考を抱えておりました」


 少年は、自らも剣を手にするから判る。

 武芸とは、自らを高めることが肝要ではあるが、相手に恵まれることもまた、必要不可欠である。刃を鳴らし合わせ、穂先を掻い潜り、そうして競り合うようにして辿り着く畢竟ひっきょうの先に、武技の高み、絶技の感触が在り得る。ひとりだけでは得られない境地が、武芸には在る。

 かの槍使いもまた、武芸者であることは疑いようもない。奴隷云々うんぬん、大都王からの指図云々、それ以前に、彼はただ好敵手を前にして、自らを高めることを淀みなく決意した求道ぐどう者である。明良にはそう理解できた。理解できたがゆえ、苦々しく思いながらも、見届けざるを得ないとさとる。

 せめてとばかり、少年は憎々しさ一杯に王の背中を睨みつけてやった。


「どちらかが危ういと見れば割って入る……! 問題ないな?!」

「好きにするがいい。そして、斬られるか突かれるか、するといい」


 台上では、彼もまた説得不可を覚ったのであろう。バリは槍使いに正対し、「居合」の構えを向けだした――。

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